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みんなに見守られながら母が他界しました

2月13日(火)


昨日、みんなに見守られながら母が他界しました。


先週の金曜日の正午から急に

呼吸が浅くなり肩呼吸になってしまい

明らかに終末を迎えたのだとわかりました。


訪問看護師に電話して母の容態を説明すると

1時間後に来ていただけました。

「残念ですがもう最終の段階です」

「ご自宅で看取ると言うことでよかったのですね?!」と確認されました。

母の切なる望みだったことなので

みんなで看取るまで在宅介護をしようと決めていました。


すぐにかかりつけ医に連絡をしてもらったので

往診をしていただけました。

「・・・お母さんは、よく頑張られましたね。残念ですが一両日中だと思います」

家族が死期を迎える母とどう向かい合うかなど

お話しいただき、

少しでも母が苦しまないように酸素手配をしていただけました。


もう母から目を離すことが怖くて

この三日間は父と姉、姪っ子の4人で

24時間体制で母を見守ってきました。


肩呼吸から下顎呼吸になり、

どんどん呼吸する力が無くなり

最期は穏やかに息を引き取りました。


祭日でもあったので

それぞれの家族みんなが最期に間に合い

みんなに見守られながら他界することができました。


母は、家族みんなの幸せを願い

孫にも、正しい道を歩むように導いてくれました。

そして

最後は、頑張る姿をみんなに教えてくれました。





by 0102mayu | 2018-02-13 20:35

母の介護をとおして、両親が素敵だなと実感

2月8日(木)



最近の母は、

意識レベルも下がって

呼びかけをしても反応が無く

目もはっきり見えていない、誰だか認識できていないと思います。


でも何となく

父だけはわかっているような気がします。


1月の中旬頃には

まめな口腔ケアの成果もあり

痰がほとんど出なくなり

痰吸引を朝と寝る前にするだけになりました。

主治医が往診に来た時に報告すると

「家族の努力の賜物ですね」とねぎらっていただけました。


日々の介護(3時間おき)の中に、父が余分に口腔ケアをしてくれたおかげです。


最近は尿が止まり、肛門から腸液?!のような水分がでるようになり

おむつ替えの回数を増やさないと漏れてしまうぐらいになってしまったことと

特に、夜中の2時のおむつがずっしりとしていると父に聞き

母の足を支える人が居ないと清潔になるように洗ってあげることが出来なくなったので

今までの夜中のおむつ替えは父一人に任せていましたが

とても負担になるのと、時間が掛かり過ぎて

寒がりやの母が風邪をひいたら大変なので

姉をはじめ、弟夫婦にも相談して(お願いして)

すべての介護時間(夜中も朝方も)に実家に行くことにしてもらいました。

言うからには自分の当番の時から始めました。



今まで、介護と言っても

全てのことをの3時間おきに(AM8時からPM8時まで)したら

父が日常生活に不便をかけないようにと

「家のことして来て」と時間をくれていました。

もうこれ以上父には甘えていられないと思いました。




夜中に通うようになって強く感じたことがあります。


父と二人でおむつ替えを済ませ、

私が片付けをしているときに父に口腔ケアを頼みました。

真夜中の静けさのなか父が

「ばあーちゃん、口開けて」

最近は口を開けたがらない、開けにくくなった母です。

「ばあーちゃん、こんなこと夜中に嫌だろうけど、本当は俺も寝いよ。」

「それでもこれしんと痰が詰まってばあーちゃん苦しくなるからやるんやよ」

「ばあーちゃんが可愛いからするんやよ」

「ほやで口をあーんと開かなあかんよ」

と、父の声が聞こえ

片付けがすみ母のそばに行くと

薄っすら見えているだろう父の顔の方を見て

口をできる限り開こうとしている母の顔が

心なしか甘えているような顔つきに見えました。



父と母の二人の涙ぐましい姿を目にして

夫婦っていいなぁ

両親って、素敵だなぁとつくづく思いました。


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by 0102mayu | 2018-02-08 12:59

蝋梅の香りに癒されています

1月18 日(木)



年を越せた母なのですが

ここのところ

身体の機能低下が著しく

手足の硬直もむくみも進み

話すことも出来なくなりました。


主人が退院した時には

「痛い目したね」と主人に声を掛けてくれていましたが

今は、言った事にうなずいて返事が出来る程度になってしまいました。


日に日に弱っていく姿を見ているのは辛いのですが

穏やかな顔をして寝てばかりの母がたまに

微笑んでくれるだけで

嬉しくて愛おしくなります。


母に少しでも喜んでもらえるよう

出来ることをして

母に苦痛がないのなら

一日でも長く生きてほしいと願っています。



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      今年の蝋梅は、鳥さんたちの休憩所になっていた為か

      花数が少ないのですが

      ほんわか香る蝋梅の花に癒されています。

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by 0102mayu | 2018-01-18 09:23 | Comments(2)

父の事「この父の子供で良かった」

12月22日(金)


母の在宅介護には

毎日、訪問介護が必要で

高カロリー輸液をしてもらっています。

年末年始も来て頂けるそうで、本当に感謝です。

家族の介護(痰の吸引・口腔ケア・鼻チューブからの投与・オムツ替え

体位変換・高カロリー点滴の〆)も毎日点滴の〆以外は3時間おきに必要です。


今日、父が「〇〇、ひと通りのことをできるように教えて」と言いました。

先日から父が「3時間おきから4時間おきにできないかな?!」と聴いていました。

1時間でも間が空いたら、私たちの負担が少なくなると気を遣ってのことです。

「痰吸引は、4時間空けるのはちょっと心配だから

3時間おきにしておこ」と答えていたので

お正月ぐらいは自分ひとりで頑張ろうと思ってくれていました。


今までも、毎晩夜中に2度のおむつ替えと体位変換をしてくれている父です。

朝も8時に行くともうオムツ交換を終えている日もあります。

「夜中にひとりでオムツ交換をするのは、大変だから

1度ぐらいは体位変換だけにしてもお母さんは許してくれるよ」と言っても

「してるの見たら、やっぱり知らん顔できんよ」と・・・

父の性格と言うより身内だからそうなりますよね。


毎年、お正月には実家に家族皆集合して新年を祝っていました。

今年もそうしたら母が喜んでくれると思っていましたが

母が何も食べることも飲むことも出来ないのに(時々、食べたいと父に言います)

みんなが正月に集まれば

飲んだり食べたりしているのがわかる母には可哀想!?かと気づき

父に話してみると

「可哀想だから今年は止めよか」と父も同じ気持ちだったので中止することにしました。


なので、父に

「お正月に姉の家に行ったら皆いるから(我が家は3人だけですが、姉の家族は

11人集まります)1時間ぐらい気晴らしに行ったら!?たのしいよ」

「その間、私が看てるから大丈夫だよ」と言っても

「家が1番良いから家におるよ」と・・・きっとこれも

母を気遣ってのことだろうなと思いました。


家族みんなの事を

大切に想ってくれている父が、切なく感謝でいっぱいになります。


今日の午後から

父にひと通りやってもらいました。

高齢なこともあり何度も説明をして

不安な点もありますが、ひと通りやれるようになりました。

「やる・やらない」と言うより出来た方が父も安心できるので

私が当番の時は、またやってみることにします。



昨日、母の尿カテーテルの交換日でした。

昨日は姉が当番だったので、夕方電話があり

「カテーテルが入らなくて付けてないから

オムツで尿をしているのか、していないのか確認することになったよ」

「細いカテーテルが届いたらいれてもらえることになている」との事。

先月、腎臓を診て頂いている主治医に、「膀胱が硬くなってきている」

とは言われているのですが、尿が止まってしまったら・・・

腎不全にならないか・・・ 心がざわつきました。


尿が出ているのか出ていないかより

どれだけ出ているのか量った方が良いと思い

家で使っていない量りを今朝持って行きました。

尿が最低限量出るのか?!(今日1日の尿量はいつもの半分ぐらいでした)

メモリの文字が小さくて見にくいのもあり

明日もう1日当番をしてくれたらなぁと、父がもらしました。

また、父に不安が増え

夜中にすることも増えてしまいました。

もくもくと母の世話をする父の姿が目に浮かびます。



「この人の子供で良かった」



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by 0102mayu | 2017-12-22 23:53

身体が2つ欲しい・・・

11月4日(土)


今日は、2ヶ月近く入院していた母の退院(お昼)予定日です。

在宅医療になるので

家族で、痰の吸引、口腔ケアや1日3回の服薬(鼻から胃までのカテーテル)

点滴の取り外し方等を病院に通って指導していただきました。

心配な点があったら、毎日来て頂く訪問看護師に教えて頂き

母が急変した場合は、深夜でも医師に往診して頂ける(基本月2回の往診)

事になっています。

    ところが、昨日主人が骨折で緊急手術・・・入院となりました。

開放骨折と粉砕骨折で、人工皮膚移植もしました。

先程、私と息子は帰宅し

入院に必要な物を準備し終わりました。



昨日までに母の介護に必要な物は、全部揃え

セットにしてネームもつけて置いたので、あとはいよいよ介護!と思って

いましたが・・・

在宅介護を今日からしばらく姉にお願いするしかなく

本当に申し訳ないのですが

主人をほっておけないので甘えることにしました。



昨日、久しぶりにブログを更新しようと(来春のための植え込み1年草編)

始めたら、緊急車両から電話が入りました。


明日は早く家を出なくてはいけないので

もうそろそろ、お風呂に入り寝ることにします。


    

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by 0102mayu | 2017-11-04 00:52 | Comments(2)

どんどん容態が悪くなる母、決断することは難しい

10月5日(木)


明日で、母は2度目の誤嚥性肺炎で入院をして1ヵ月になります。

母の退院後の在宅療養生活についての

カンファレンスが昨日(も)ありましたが

前回同様、中止になりました。

(昨日は、以前から主治医の所見を聞き

炎症反応がある程度下がったら在宅医療に切替えれることができるか

お聞きしたくて面談の約束をした日でしたが

急遽、カンファレンスを兼ねることになりました)





老年医療を長年専門として

24時間体制で在宅医療をしていただけるクリニックに

退院後は委ねることにしています。



入院中、母と話すことは

「退院がいつできる、連れて帰ってほしい」

「熱がある(高熱)?」

「ご飯、食べれた」

熱が下がって、ご飯を頑張って食べたら自宅へ帰れると思っている母。

認知症も進んでしまい

この3つぐらいを話して、後はうとうととしています。


毎回面会に行くと、迎えに来てくれたかと思い

にこっと微笑む母の顔を見ると

胸が詰まって涙が溢れそうになります。


誤嚥性肺炎は、良くなっているのですが

なかなか炎症反応(CRP)が下がらない・・・


一旦は、下がりかけ退院の話がでたのですが

また徐々に悪くなり

何が原因なのか、いろいろ検査して頂いていましたがわからない状態です。


前回の中止になったカンファレンス前に、

自宅に帰って家族がオムツを上手く替えられるのか?!

出来なければ、看護師が指導してくれることになり

オムツ交換をしました。「上手に出来ている」と言われたので指導はなかったのですが

その時に母の便が入院前と違っていたので看護師に

「便が黒いのですが、下血していませんか? 状態も下痢しているようですが・・・」

「以前、逆流性食道炎になった時は、嘔吐して黒い便が出たので受診してわかりました」

と心配だたので先生に伝えてもらった事があります。

その時の返事は、入院2日後にカメラを飲んで診たが炎症は無かったことと

今のところ血液検査で貧血が特に悪いわけではないと言われました。





先日、大腸の内視鏡検査をすることになっていましたが延期になって

昨日の退院後の為のカンファレンス予定時間に大腸の検査となりました。


検査が終わるまで、ケアマネとソーシャルワーカー、担当看護師

父、姉、私の6人で大まかなことを話すことになりました。


炎症反応が落ち着いていないのに「退院後の為のカンファレンス!?」

・・・エ~ッって思っていました。

先週末の母の容態は、見るから悪くなっており心配していました。


もう、父、姉、私は

ちょっとでも炎症反応が下がったら

「退院させてもらおう」と決めていました。


痩せていた母が更にやせ細り、すぐにでも家に連れて帰りたい!



看護師から経過を聞き終わり

「最近の炎症反応はいくつですか?」と尋ねると「17」と・・・前回は「11」

「こう高くなっては、退院は難しいと思われますし、今日の検査結果で

どうなるのか~ 話は替わって来ると思います」と言われました。

ケアマネは検査結果が出てからの話しとして帰られました。



結果は、潰瘍ができていました。

画像はとても酷いもので、粘膜層が剥がれているところもあり

カメラが通らないほど狭窄しているところまでの画像でした。

「癌なのか?!は、検査に出しました」

「以前お聞きした放射線の影響が大きいかもしれません」


手術して取ってしまうか、

人工肛門を付けるか・・・

とにかくこのままでは敗血症になってしまうかもしれない

どちらの手術も出来るか!?出来ないか!?

外科の先生に聞いてみないとわからないとのことで

とりあえず返事まで

高カロリー点滴を入れてもらうことになりました。



開腹手術はとても体力のない母では、耐えられないと思いますが

腹腔鏡下手術ならどうか!?・・・

敗血症になったらとても母は苦しむだろうし・・・


かなりの体力、機能低下なので

術中に亡くなるようなことなら

何もしてもらわないで、母の望む自宅に帰り在宅医療にする選択


母は、当然何もしてもらわないで帰ると言うでしょう。



帰宅途中の車中で、姉とどの選択が良いのか話していました。


父は、「何をしても家に帰れなくなるんだろう・・・」

「何もしてやれない・・・只々申し訳ない」と声を震わせて言いました。

「家に連れて帰りたい」


姉と私も父の気持を尊重したい

そうしようと決め、

ソーシャルワーカーに電話することにしました。



たった今、看護師から電話があり

明日、外科受診があるので同行することに。



決断することはホント難しい

「これでいいのか・・・」 「ウンン、違う・・・」と

いつまでも右往左往しています。

    

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by 0102mayu | 2017-10-05 11:29

秋明菊が見頃になり法面は秋景色

10月2日(月)


法面の「秋明菊」が見頃になりました。

赤色の秋明菊が

今年は半分ほど枯れてしまったので

群生っと言う訳にはいきませんが

咲き揃うと法面は秋景色になります。

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「水引草」の赤色も深みをまし

秋らしい景色に~
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     この時期の「水引草」は、服に種が付いては

     どこかに落ち、どんどん増えていきます。



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by 0102mayu | 2017-10-02 11:12 | Comments(0)

母に、尊厳のある平穏な人生の最期を迎えさせてあげたい

9月21日(木)



母に、何とか尊厳のある平穏な人生の最期を迎えさせてあげたい。


先日、テレビのチャンネルをあれこれと替えていたら

長尾和弘医師が出てみえる番組があったので途中から見ていました。

先生が言われた「老衰」とは、「枯れる」こと。


「ありとあらゆる延命治療や代替医療で管だらけになって病院で最期を迎える人が

ほとんどで多くの医療者はそれに疑問を持ちません」と



「枯れる」ことが穏やかな最期の条件で

身体の機能が低下しているのに、点滴で余分な水分により浮腫み苦しんだり

誰でも徐々に食が細り痩せたり食べれなくなったりと、自然に任せるのではなく

「食べられないと体力が無くなるので点滴だ、それも高カロリー輸液でないとダメだ」と

強制的に栄養を入れて、

返って身体に負担がきて苦痛を増大させて命を縮めることにもなる

枯れて行く事が、自然で死を迎える事だと

おっしゃっていました。  


 『そうかもしれない・・・』 と、思いました。



出来る限りの治療をしてもらい

それでも回復の見込みがなく、寝たきりで意思疎通もほとんどできず

只々、「家に帰りたい」と願う母。

口から食べることのよろこびも無く、ただ人工的な栄養で行かされる状態を

母は望んでいるのだろうか・・・



以前から、延命治療を望んでいなかった母です。


延命治療を・・・

人工栄養で命は延ばせ、死別の悲しみを先延ばしできたと言う自己満足にならないか?!

人工栄養を選択しなかった罪悪感から逃れられる看取る側の感情なんんだろうか・・・

ただ生かされる延命治療を母は苦痛でとてもよろこばないと思う。


食べて繰りかえし誤嚥性肺炎の高熱で苦しみ結局亡くなっていくことに・・・



でも、やはり少しでも生きていてほしいと願う気持ち・・・


頭の中で、右往左往と混乱しています。

悩み苦しみ

「これが最善だった」と思える日が来てほしいです。

by 0102mayu | 2017-09-21 13:30

秋のお彼岸に思う事

9月20日(水)


今日は、秋のお彼岸の入り。

主人の出勤前にお寺様に来て頂け

お彼岸経をあげていただけました。

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主人が出勤してから

お墓掃除に行き

お花をお供えして手を合わせて来ました。

実家のお墓にも手を合わせに行きましたが

父が草取りなど掃除も済み、お花もお供えしてありました。

実家のお墓に行くと必ずえりなの事を思いだされます。

えりなが幼いころから、お彼岸の期間だけではなく

時間があると二人できれいに草取りをして手を合わせていました。



いまだにお母さんは独りで実家のお墓に行くと

切ないよ・・・えりちゃん。

いつも母に

「一緒に長生きしようね~」と言っていたえりなでした。

えりなも母のことを心配しながら見守っていていてくれていると思います。



昨日は、父を誘って

お彼岸団子とおはぎ、お花を買いに行っていました。

父はもうお彼岸前には、仏具をピカピカに磨き上げて

準備していました。

母が骨折前は、仏具磨きを手伝っていましたが

細部を磨くのは大変だったことを覚えていますが

母が骨折してから父がするようになりました。(手伝おうと思う前に終わっています)

迷惑を掛けまいとするそういうところは父らしいところです。




2回目の誤嚥性肺炎で入院中の母ですが、

入院3日目からゼリー、4日目は水

5日目はお粥を食べることが出来たそうです。


2回目の入院時には、食事を摂るとまた肺炎になるリスクが高く

今後は、食事を摂らない方が良いと言われていましたが

上手く呑み込めていたようで、また食事を摂っても良い事になっていました。

先週中に看護師さんから「近々、退院予定です」と言われたので

昨日、ソーシャルワーカーさんに相談に行った際に

また肺炎になったようだとお聞きしました。


やはり食べる事が難しい・・・

母は、食べれるようになったら早く退院が出来るんだと思って

頑張って食べているのに・・・




初めての誤嚥性肺炎で入退院後の夕方

高熱が出たので、また入院になるのたと思って

時間外診察をしていただいたのですが

「朝だけ飲む抗生剤、解熱剤を朝晩に飲んで様子をみてください」と

帰されそうになったので、「炎症反応だけでも

検査していただけないですか!?」とお願いしました。

「それでは、胸のレントゲンと血液検査をしてみますか」・・・


結果、炎症反応は6.8でした。

『このまま帰すんだ・・・』と思いながら帰りました。

(この医師は何科の先生なんだろう?!)とちょっと不安でした。

帰ってベッドに寝かすも

病院へ行ったり来たりと移動して、ぐったりしている母の姿を見て

父、姉と顔を見合わせ「やっぱり自宅では、返って弱ってしまうね・・・

静かな場所でやっぱり看ていただいた方が良いかも・・・」と皆思いました。

行ったり来たりさせるのは無理だと皆思いました。

義兄と弟夫婦も居るなか、みんなで話し合いました。


自宅で母を看たいと思っていた私は、自己満足のために思っていることと

同じなんだろうか?! 何度も心の中で自問自答していました。


「もう、○○さんでお世話になろ・・・」

「やっぱりそれがイイよ」と姉が言い

『それが良いのかな?!』と迷いました。

9時過ぎにおむつ交換をしてから自宅に帰り

翌日からは予定どおり

朝7時に実家に行き母の看病をして、夕方一旦自宅に帰り

また20時におむつ交換に実家へ。

「明日また朝7時に来るからね~」と母に声を掛けて1日が終わるという事と

思っていたのですが、

22時に電話が父より

「まゆ○、おむつ替えてほしいって言ってるけど悪いね・・・」とあり

すぐ実家に~ 両親二人とも「悪いね・・・」と申し訳なさそうに言われましたが

年老いた両親だけにして自宅に帰る自分の方が申し訳ない気持ちでした。



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by 0102mayu | 2017-09-20 23:19 | Comments(2)

誤嚥性肺炎で入院している母について

9月11日(月)



久しぶりの更新になります。



母が初めての誤嚥性肺炎になり入院をして1ヵ月が経ちました。

今は、2度目の肺炎で入院中です。

入院中は1番安心でき、精神的にも少し落ち着きます。



母の「帰りたい!」「何時になったら帰れるの!」と

懇願と言うより、帰してくれないことに怒り

「自分の事は自分で決める。入院は絶対しない」と

3年程前から、体の具合が悪くなり病院へ連れて行く事が

とても大変になり、お見舞いに行く事にも辛い気持ちになります。



4年前に、交通事故に遭い

両足の中足骨骨折で入院しました。

入院中に、イレウスにかかり

その時の検査で分かった

命に関わる左の腎機能の低下。

すぐに腎臓と膀胱を繋ぐステントを入れ、尿路カテーテルが必要になりました。

右側の腎臓は生まれつき機能していない(13年前に診断済み)と診断。

機能している方の腎臓が重症だと言われ

当時は、「事故に遭い痛い目に遭ったけど

不幸中の幸いで、病気が分かり手当してもらえ良かったね~」と母を慰めていましたし

母も「事故でこれだけで済んだこと、病気が見つかったこと

ご先祖様に助けてもらえた」と感謝していました。


4年の間に、「腎水症」「腎盂腎炎」「尿毒症」「腎不全」など

腎機能低下している左の腎臓が原因で何度となく入退院しました。

母は、13年程前(まだ医療連携体制前)には

イレウスで3度入院(地域では大きい病院)して

手術することになったのですが、術前に他に病気が無いのか

検査をする様子が無く、

普通は術前に色々な検査をしてOKがでて、手術をする!?はずなのに・・・

生意気だと思いましたが主治医に

「ほかに異常がないのか検査していただけないですか?!」

「2年ぐらい前に、腹痛と嘔吐で緊急で診ていただいた病院で

CT検査をしてもらった時、片方の腎臓が機能していないみたいなので

次回、詳しく検査しましょう~と言われたことがあります」

と頼んだのですが

「する必要はないです」と言われ、

サイドテーブルの上に、手術前に行う呼吸訓練機が置かれているのを見て

胸がざわつき、姉弟と両親に「こんなのおかしい!普通は術前検査する!」

「もしこのまま手術してもらって手術中に何かあって、死んじゃったら

何で、あの時止めなかったんだろうと後悔(私)する」

「大きい病院なら絶対に術前に何の問題がないのか検査するはず・・・

検査してどこにも問題がなかったら手術をするんだよ」

「亡くなる病気、手術じゃないのに亡くなったら嫌だ!」と転院を頼みました。

両親、姉弟も納得してくれて母は大学病院へ転院しました。

退院するときには、主治医に「もし転院した病院を退院しても、その後は

こちらで一切診ませんから」と言われました。


大学病院で成り行きを話しお世話になりたいとお願いしました。

すぐ入院の手続きをしていただけ

術前検査をいろいろとしていただけました。

するとかなり大きめの「尿路結石」と小さな「腎臓結石」が見つかりました。

そして、「右側の腎臓は生まれつき機能していない」ため

術中、術後に結石が原因で尿が止まったら命取りになるので

「まず「尿路結石」を叩きますね。腎臓結石は小さいので問題ないです」と

検査結果を聞き、『転院して良かった~!』と思いました。

念のために、腎臓に直接管を挿し尿路カテーテルを通してもらい手術。

子宮癌でコバルトをかけ手術の後遺症で癒着が酷く、閉塞部は切り取り

2か月後には、小腸穿孔で手術・・・

その後も、腸閉塞で入院がありました。


。。。今の不安や問題の話しからずれてしまいました

 とにかく母は、何度となく入退院をして頑張ってきました。

    そして、その分同じく父も頑張って母の面倒を看てくれました。



高齢者の骨折は

よく「寝たきり」の原因になると言われますよね。

両足の中足骨骨折後は、

リハビリのお蔭で杖を使って歩行できるようになり退院しました。

自宅に帰ってからは、「油断したらいかんよ~」

「直りかけは、油断しがちだから気をつけてね」と何度も言っていました。

母も注意して歩行していましたが、退院2か月後ぐらいに

自宅で転び、「大腿骨骨折」で入院になりました。

この時も、病院へ行きたがらず(体は痛みで全く動かせれない状態)大変でした。


    骨折=寝たきり

が、後にはっきり解りました。


入院中、リハビリ以外の時は、寝たきりなので

病院では、床ずれ予防にマットやクッションを使って体位交換を

していただいていましたが、床ずれになってしまいました。


退院後は、床ずれの手当を看護師さんに教えてもらったとおりして

部位を清潔にして薬を塗って1ヵ月程で治りましたが、

退院後は、歩行器を使ってベッドから居間に移動するぐらいで

なかなか運動(リハビリ)が出来ず、だんだん体力、筋力が低下し

加齢による便失禁もあり、ウオシュレット付きのポータブル便器も購入して

自宅介護生活になりました。

筋力の低下は、運動能力の低下に繋がるだけではなく

すべて体の機能が低下してしまうんですね・・・

認知症が進んだり、逆流性食道炎で胃との境あたりに潰瘍が出来て

下血して2度も入院にもなりました。

2回目の時は、胃との境あたりは2ミリ程の道で、食べ物が通らなくなり

バルーンで広げてもらい、刻み食になりました。


しだいにストレスも溜まり(両親共に)

母にデイサービスに行って貰うことが

父(疲れの高熱があり身体を休ませたかった)にとってもストレス解消だと思い、

母に「通ってみたら~」「行ったらいいところかもしれないよ~」と

姉と一緒に言ってみても「行かない」と言い

父を「休ませてほしいから行ってくれない」と頼んでも

「絶対に行かない」ときいてはくれませんでした。



これまでは、父の負担が少しでも減ってくれるように

私一人で実家に行き父のサポートしていましたが

姉弟にも両親の体調、生活の様子を知ってほしくて

毎年、恒例のお正月に全員集まった時に状況を説明して

・ステント交換のために病院に通う日を当番制に~
 (病歴や薬の説明)

・すぐ入院できるように、入院に必要な物をセットしてあること

・姉、弟の嫁、私で夕食を当番制にして作って届ける
 
3つの事を決め2年半程経ちました。





家で、訪問看護サービスを受けることも最初は凄く嫌がり

了解をえる事に時間がかかりましたが、

訪問看護師の方のソフトな対応に、母も安心して

あっと言う間に来て頂く日が待ち遠しくなりました。


大腿骨骨折後、1年もすると

体力、筋力の低下が日に日に悪くなり

今年の4月に自宅での入浴介助がとうとう断られる日が来ました。

母は、尿路に管が入っているので特に陰部を清潔にしなくてはいけないので

入浴の必要性を話し

デイサービスに行ってお風呂に入れてもらうしかないことを告げ

通ってもらう事になりました。

デイサービスも、あんなに嫌がっていたのですが

よろこんで通うようになりました。

めっきり老いた母ですが

「寝たきりになりたくない」という強い気力で

いつも椅子に座って頑張っていました。

頑張っても、頑張っても老いには勝てず

初めての誤飲性肺炎の入院(10日間)で、全く足が動かなくなり

寝たきりになってしまいました。

誤飲性肺炎の症状は、急激に熱が上がるだけ(39度~39度5分)

その前に症状が出ないのでわからず、「誤飲性肺炎」といわれるまで

『まさか、母が?!』とショックでした。


肛門括約筋の筋肉の衰えで、高齢者の便失禁はしかたがないことだと

思いますが、母は全くコントロールもできなくなってしまいました。


お医者さん、訪問看護師さん、ソーシャルワーカーさんに

母の今の身体の状態では

「静かな環境の施設で診てもらうのが

一番ベストだと思います」と言われました。


訪問看護師さんは、父がどんなに頑張って介護してきたのか

解ってみえるので、

「これ以上のことをお父さんにさせるのは酷だと思います。」

「皆さんにもこんなに看てもらいお母さんは幸せだと思います。ほかのお宅なら

もうとっくに施設に入れられてみえると思います。」

そうおしゃいました。


その言葉で、施設(老健)に入った方が母には良いことなのか?!

入院も嫌がる母なので、自宅介護を交替でするか!?

父と姉、弟の嫁、私で話し合いをしました。

父は、「これ以上みんなに迷惑は掛けれないから

施設に入れてもらった方がいい」「それぞれの生活を大切にして」と言いました。

弟の嫁も「遠くても施設へ父を連れて行く方が気が楽」だとの事で


今、入れるところをソーシャルワーカーに探してもらったら

どこも老健がいっぱいで、1件の有料老人ホームしか空きが無いとのことでしたが

そちらは、月に2回の訪問医療があり

何かがあったら往診をして頂けるとお聞きしたので

父と姉、弟、私で見学に行きいろんなサービスの説明を聞きに行きました。

父も訪問医療と往診があることをお聞きして、「こちらでお世話になろう」と

皆、安堵し仮契約をして帰りました。


有料老人ホームでお世話になると決めたはずなのですが、次の日

「家に帰りたい」「早く帰りたい」と言う入院中の母の顔を見ると

申し訳ないような・・・可哀想な・・・

「やっぱり母を自宅で看たい」

「みんなが反対でも自分一人で看たい」と思い

姉に気持ちを話しました。


親を施設や老人ホームにあずけるという事は

とても決断するまでに、こんなにも悩み苦しむものだと知りました。

本当に悩み苦しみながら決めた事なのに

なかなか踏ん切りがつかない・・・


姉はとても忙しい毎日なので

本当に自分一人で母を看ようと思いました。

姉は「一人ではとても無理だと思うよ」

「自分の身体がえらくなって替わってほしい時どうする?!」

いろいろ意見を聞いたのですが、「姉弟の縁を切ってでも看る」と言うと

姉も実は義理兄に「自宅で看てあげたい」と1度は言ったそうです。

私の気持ちをわかってくれて

忙しい姉ですが、空いている日には協力をしてくれると言ってくれたので

有料老人ホームの契約は中止にしていただきました。


退院が決まり(退院時の炎症反応CRPの数値は4.7)、父と迎えに行った時

まずビックリしたことは、母の足が全く立たないことでした。

家に入るには車から、父が母をベッドまで抱きかかえしかなく

父に頑張ってもらいました。

関節が硬くなっている母の着替えも大変で

父に母の身体を支えてもらって、やっとで終える事が出来

その後、ほぼ1時間ごとにおむつ替えをし

水分を補給、検温をしていました。

「家は良いわ」と喜んでいる母でしたが

ほとんどウトウトと眠って、会話にならないことを少ししゃべっては

またウトウトとしていました。

夕方近くに体温を測ったら38度5分と高熱が出ていました。

・・・えーっ!炎症反応がまた上がったの!

・・・また入院になるのー!と、母の事を思い涙が出そうになりました。


母に気づかれないように、姉と訪問看護師に電話しました。

父にも、そっと「また病院に連れて行かなきゃならないけれど

(母が)夕飯を食べ終わってから話そ」と言い

父は母のために刻みの食事を急いで作ってくれました。


母の夕飯が終わる頃、訪問看護師の方が来てくれました。

母は顔を見てうれしそうでしたが

すぐに姉も来たので、これはおかしいと急に顔つきが変わりました。


「さっき熱が38度5分もあったから病院へ行かないかん」と言うと

「もう病院には行かない!」「自分の身体の事だから自分で決める!」

「行かないよ!」と言い張るので

訪問看護師が見兼ねて

「熱が38度5分もあるのだから病院へ行って先生に診てもらって」と言っても

母は私に言った同じことを言いました。

そこで初めて父が言いました。

「もう1っぺんだけ病院に行け」

「もう1っペンだけでいいから」と言うと母は黙って父に身体を委ねました。



長々と書き続けてきましたが

続きは明日にしたいと思います。






by 0102mayu | 2017-09-11 22:33

小さな家に思い出がいっぱい。心地の良い空間に包まれ過ごせたら・・・


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