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最期の日・・・

2月26日


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                              〈今月届いたえりなへのお花〉

     えりなは何度も厳しい試練を受けていました
     それでも、耐えて・・ 耐えて・・ 乗り越え
     その都度、自分の身体の辛い現状を受け止めた後、
     いつも笑顔でいてくれました
     その笑顔に、傍に居る私はどんなにか救われていました

     今度も・・・
     今度も・・・ 奇跡が起こってくれないか・・・
     祈り、願っていましたが願いは叶いませんでした

     モルヒネを入れてからはえりなが話すことは
     はっきりせず、何を言っているのか解らないことが多くありました
     3人でえりなが言った言葉を必死につないで
     何を言ったのか考えなくては解らない状態でした
     眠っているのか、ウトウトとしているだけなのか・・・

     どういう状態でも、ただ生きていて欲しかった・・・です

     えりなも長男も幼少から滅多におねだりをしませんでした
     私と買い物に行って「おもちゃ」を見て、欲しいものがあり
     「これ欲しいなぁ~」と言っても
     「お父さんに聞いてからねー」
     「お父さんがイイヨって言ったら誕生日に買ってもらおか~」
      って、私が言うと「うん」と、うなづき終わっていました
     結局買わないで済んでいました いつもそうでした
     

     えりなが最後になった誕生日に
     「『倉木麻衣』のベストアルバムが欲しい・・・お父さん買って~」と
     珍しくおねだりをしました
     主人はえりなに甘えてもらったことが嬉しくて、すぐ買いに行きました
     買ってもらってからは、毎日何度も繰り返しベッドの上で聞いていました

     モルヒネでウトウトとしているえりなに
     そのCDを夜中じゅう最期まで流していました
     夜中も電気をつけていたので     
     今が朝なのか夜なのか、わからない状態でした
     聴きたかったCDを微かでも聴いて欲しかった
     

     亡くなる2日前に、主治医が回診にみえたとき
     「えりちゃん、どうですか?」とえりなに声を掛けられました
     すると
     「先生、もうヤメタイケド、やめられません・・・どうしたらいいですか・・・」
     小さな声でえりなが言いました
     これはどういう事・・・
     どういう意味・・・
     ひょっとしたら・・・と、嫌な事を考えてしまい・・・
     そんな事、嫌だと思い
     口をはさんでしまいました
     「えりちゃん、何をやめたいの・・・今、何かしてたの?」
     「何か作ってたの・・・」
     夢でも見ていた、と・・・思いたかった
     えりなは私の声が聞こえたら
     「。。。。。」声にならない何かを言って話すことをやめてしまいました
     医師が
     「えりちゃん、大丈夫だよ。大丈夫」と声を掛け部屋を出られました
     えりなは、もうこの状態が苦痛なんだろうか・・・
     ヤメタイケド、やめられません・・・って、もう生きることを諦めたんだろうか・・・
     胸が張り裂けそうでした
  

     看護師さんが
     「お母さん、大好きなシャンプーをえりちゃんにしてあげましょうか~」
     「してもいいですか?」と言っていただいたのでお願いしました
     とっても髪を大切にしていたえりなでした
     入院中、シャンプーをしていただくことが楽しみでした
     きっと、わかって喜んだと思います。。。「最期のシャンプーとトリートメント」


     心不全が重くなってから、身体が浮腫んでいました
     今は強心剤を止められています
     すっかり・・・足の腿も細くなり
     小さな小さな身体になってしまいました
     黄疸が酷くなり肌は黄色くなり
     顔にシミのようなものが出てきました・・・
           ヤダ!・・・嫌だ!・・・
     綺麗な肌のままでいさせて欲しい・・・     
     美しいままのえりなで最後を迎えさせて欲しい・・・
                              祈りました

     医師に廊下に呼び出され
     「えりなちゃんの最期をどうするか考えておいてください
        延命的処置をするのかしないのか・・・ 」
     

     
     苦しいだけの時間を、ただ数日生かされているだけなら
     もうこれ以上、苦しめたくない
     傷もつけたくない
      
     でも、どんな姿でも生きて欲しい・・・複雑な気持ちでした
     
     体位を2時間おきに替えても床ずれは酷くなるばかりでした
     オムツを替えるのが辛かったです・・・痛々しい床ずれでした
     3人で交代して夜中は2人でして一人は寝ていました(横になっている
     だけでしたが、えりなに充分なことがいつまでも出来るように交代することに)
     長男も手伝ってくれたので助かりました
     お茶もその都度飲ませ、イソジンを薄くして歯磨きもしていました
     いつまでも、このままえりなと一緒に居たかった・・・

     翌日、主人に
     「何日も休んでいるから1度職場に顔を出してくる・・・」と言われ
     「怖いから行くの止めて・・・」とお願いしましたが
     「1度は仕事をみてくる」と言い、そうする予定にしていました

     その日の回診の時に
     えりなが声を振り絞り
     「痛い!」と手を身体の下の方に動かしました
     ・・・もう今のモルヒネの量では痛みを感じているんだとわかりました
     医師が
     「どうされますか・・・」と聞かれました
     意味は解っていました・・・
     モルヒネの量を増やしたら、えりなの心臓が止まってしまう。。。

     でも、痛みを絶対に感じさせたくない
     
     今度、痛みを感じたら増やしてもらうと決めていました・・・
     モルヒネの量を増やしても、えりなの心臓が止まるとは限らない・・・
     そう思い、お願いしました

     PM19:00に増やされました

     夜中、電気をつけているので明るかった
     主人がお茶を飲ませていました
     私も起きて歯磨きを始めようと
     えりなに「えりちゃん、口開けて~」と声を掛けました
     歯磨きを始めてすぐにグッと力強く歯ブラシが噛まれたようになり
     「えりちゃん、もう少しやらせてね」と歯ブラシを動かしたのですが
     口を閉じたまま・・・ 口が開かない・・・  怖くて   怖くて
     そんな事ない!・・・ 違う! そう思って
     「えりちゃん、口を開けて!」と大きな声で言いました
     でも口を開けてくれない・・・・・・ どうしよう・・・ どうしよう・・・と
     怖くて怖くて、主人に「えりちゃんが変!」「口を開けてくれない!」と
     叫ぶと顎の力が少し抜け、口が少し開きました
     えりちゃんが死んじゃう・・・  そんなの嫌だ・・・  と思い
     「えりちゃん、お茶飲も・・・」と口に含ませ
     「ゴックンして・・・」と何度も何度も言ったんですが、飲んでくれませんでした
     その間に主人がナースコールのボタンを押していたようで
     看護師さんがいつの間にか病室に入っていました
     長男に「えりちゃんがおかしい!」「えりちゃんがおかしい!」と声を掛けたら
     すぐに起き上がり、皆でえりなに声を掛けていました
     循環器科の医師ではない方がみえて簡易?!呼吸器をえりなにあてて
     動かしてみえました
     えりなにはモニターが見えないようにカーテンで隠されていたのですが
     側に移動されていていました
     私は只々
     「逝かんといてー」
     「えりちゃん、逝かんといてー」と
     えりなにすがっていました
     「嫌だー」と・・・・・
     えりなは、私の声に応えていてくれていたそうです
     私がすがって声を掛けている時は
     下がっていたモニターの心拍数が少し上がっていたそうです
     亡くなって何ヶ月後に主人が教えてくれました
     「えりはお母さんの声が最期まで聞こえていたぞ・・・」と
     
     「心臓マッサージなどの心肺蘇生を行ないますか?」と
     医師にきかれましたが
     主人の顔を見て私は首を振りました

     もう、これ以上えりなに何も苦痛を与えたくない

     モニターの波が無くなり1本になりました

     何故だか涙が止まりました
     身体の芯が何だか抜けてしまったような
     頭の中がジーンとシビレてしまったような
     早く、えりなを家に連れて帰りたい!
     家に帰りたがっていた、えりなを早く連れて行きたい!
     担当の看護師さんもおみえになり
     「えりちゃんにシャンプーしてあげますか?」と聞かれましたが
     早く帰りたくてお断りしました

     主治医とチームの医師がおみえになりました
     「隣の部屋に来てください」そう言われ、私はえりなの傍を離れたくなくて
     「お父さんだけ行って」と頼みましたが医師に
     「お母さんもお願いします」と言われ行きました
     「えりなをちゃんを今後の医療として
            検体として提供していただけませんか・・・」と言われました

     ずっと以前ならそうしていたと思いますが
     こんなに苦しみ痛みに耐えていたのに
     これ以上、えりなの身体に傷をつけたくなくお断りしました
     
     大学病院でお世話になるということは最後の時には
     同じ病気の方のためにも協力するべきだと考えてはいましたが
     ここまで苦しんだえりなに亡くなったから痛みは無いでしょうが
     親として出来ませんでした

     すぐさま病室に戻り、その間に看護師さんがえりなを綺麗にしていて
     くださり、大好きだった看護師さんが自分のグロスをえりなの唇に
     塗ってくださりました
     本当に最期まで優しくしていただいた医師・看護師さん方に
     感謝しています

     息子がえりなの頭を撫ぜながら、涙をポロポロ流していました
     そして口づけをしました・・・


     どっと涙が溢れました
     
     


     えりなが最後に家に帰えれた日、家にたどり着くちょっと前
     自宅に1キロをきった見慣れた場所に来た時
     えりなが小さな声で「もうすぐウチだぁ~」と、染み染みと言いました
     その場所が来た時、
     その時のえりなの顔と声が思い出され胸がえぐられるようでした
     どんなに待ちわびた家か・・・
     こんな姿で帰らすことの切なさ・・・

     布団を敷いて姉が待っていてくれていました

     
     えりなは精一杯頑張って生きてくれました
     辛くても、いつも笑顔で
     誰にでも「ありがとうございます・・・」そう
     感謝出来る子でした
      

          
     16際になったばかりの1月27日夜中の2時10分で逝ってしまいました
     

     
     亡くなったえりなの顔が微笑んでいる顔になっていました
     


     全部ではないのですが、えりなの最期まで綴ることができました
     最期まで綴る事が出来たのも
     皆さんの優しいお言葉、お気持ちに励まされてのことだと感謝の気持ちで
     いっぱいです そして最後までお付き合い下さりありがとうございました     
     
     えりなの幸せを祈って下さり、本当にありがとうございました
   
     
   
         
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by 0102mayu | 2013-02-27 00:29 | 娘のこと | Comments(28)

長男の祈り・・・

2月24日 晴れ

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       えりなは、3,080gと長男と思うと大きく生まれて来てくれました
       出産時間も長男は2日間も掛かり大変でしたが
       えりなは分娩室に入ってから30分あまりで出産でき
       安産だと思っていました

       生まれた病院は地元の総合病院の産婦人科で
       私と同級生の看護師さんがみえました
       出産2日目に、その看護師さんが検温にみえた時に
       数分少し雑談をしていて、えりなをみると
       「この子、ミルク飲んだばかり?!・・・」と聞かれました
       「そんなことないよ。結構前に飲ませたよ・・・」と言うと
       「ちょっと、赤ちゃん連れてくね・・・」と
       ナースステーションに連れていかれました
       しばらくして戻ってきたので
       「何だった?!」と尋ねても
       「何でもないよ・・・チョット・・・」と言って部屋を出て行きました
       なんだったんだろう・・・と、軽く心配したぐらいでその日は終わりました
       3日目、また同級生の看護師さんが来て
       「赤ちゃん借りてくね~」とえりなを連れていかれました
       ・・・「何!?・・・」
       今度は軽い不安では無く、心配になりました
       少し時間が掛かって、えりなが戻って来ました
       「何か心配なのかなぁー?!」と看護師さんに尋ねました
       「生まれた時に、この子熱がチョット高かったから先生に診てもらったんだよ」
       熱が高かったなんて・・・初耳でした 
       しばらくしてから
       担当の看護師さんがみえて
       「赤ちゃんをこれから小児科の先生に診せに行きます」
       「お母さんも一緒に行きましょう・・・」と言われ1階にある小児科に行きました
       もう先程、レントゲンを撮っていたようで
       レントゲンを見ながら説明が始まり
       聴診器でもえりなを診ていただきましたました
       「お母さん、赤ちゃんは心疾患です。でも、そんなに心配は無いと思います」
       「多分、俗に言う心臓に穴が空いている『中隔欠損症』か、血管が狭まている
        『肺動脈狭窄症』だと思います」と言われました
       心臓病!?・・・・・まさか・・・頭がガーンとしたのは、この時が初めてでした
       身体に震えがきて涙がこみ上げてきました
       すると医師が
       「お母さん、ご心配でしょうが
                そんなに心配無いと思いますよ・・・」とおっしゃって
       「小児科の循環器のある病院を紹介します・・・」と
       あまり深刻そうに言われませんでした
       私が動揺した姿を見て、心配させないように配慮していただいたのか・・・
       本当にそういう診断をされたのかはわかりません
       「ここから近いところでは○○○病院
        ちょっと遠いですが小児循環器で有名な先生がおみえになる○○○病院・・・
        どちらの病院へ行かれますか・・・」ときかれ
       「少し遠くてもいいので、有名な先生を紹介してください」と、お願いしました
       「そちらの病院へ行くのはそんなに急が無くても良いので
       1ヶ月後に診察していただくように予約を入れましょう」と
       1ヶ月後に行くことになりました
       
       心臓病・・・と、思いもしていない事がわかり
       悲しくて、えりなを抱いたまま、しばらく泣いていました
       当時は「心臓病」と聞くと、すぐ「死」に直結するものと思っていました
       
       いくら医師に「そんなに心配無いですよ・・・」と言われても
       不安の中で1ヶ月間えりなを育てていました

       実家の母と主人・私で、えりなを病院へ連れて行きました  
       小児循環器で有名な医師だけあって
       予約していても診察していただくまで、ずい分待たされました
       診察室に入りすぐ
       えりなを寝かせ聴診器でしばらく・・・長い間、本当に長い間心音を聴いて
       言われた言葉が
       「お母さん、軽い心臓病だと思わないでください・・・」でした・・・・・・・
       身体からサッと血が引いたようになり
       力が抜け、涙が流れてきました・・・
       「無脾症候群だと思います」 。。。「無脾症候群!?」なに・・・何が何だか
       わからないと思っていたら
       「これから検査をします」
       「その後、はっきりした診断をします。間違い無いと思いますが・・・」と
       それから心電図、胸部X線写真、心超音波検査をしました
       検査後、また診察室に行き検査結果をお聞きしました
       「やはり無脾症候群でした。脾臓が無く感染に弱いので掛かると重い
        病気のものから予防接種を早めに受けてください」
       「心臓病の中でも重い病気です 心臓は4つの部屋になっていますが
        えりなちゃんは部屋が2つしかありません 単心房・単心室です 
       肺動脈も狭くなっています 
        えりなちゃんと同じ病気で私が診た最長のお子さんは22歳です・・・」
       「あとは(隣にみえる医師を見て)こちらの医師に、これからの事を聞いて
        ください・・・」と言われ診察室を出て行かれました

       現実?!・・・これは夢!?・・・
       何が何だかわからない・・・
       先生の声は聞こえているし、わかるのですが
       サッと言葉が流れていくような感覚でした

       只、涙が流れ言葉が無く・・・主人も同じようでした
       泣きながら診察室から出て歩いていると母に言われました
       「泣いてる場合じゃない!」
       「私が治す!と強い気持ちでいなくてどうするの!」と・・・
       やっぱり母は強い・・・私とは違う・・・
       
       今後の生活での注意点などお聞きしたことで
       特に注意する事は、あまり「泣かせない」ことでした
       泣かせないように、えりなが寝ている時以外は
       毎日殆ど抱っこをしていました
       長男はえりなと2つ違いで、まだ入園前でした
       えりなが泣かないように
       静かに一人で遊んでいてくれました
       いつも一緒に遊んでいたのに相手になってあげられず
       長男はいつも寂しい気持ちだったと思います
       えりながやっと寝てくれて布団に寝せると
       長男は嬉しそうに
       「遊べる!?」と私を見ました
       「お母さん、疲れちゃったから少しだけ寝てもいい?」と
       ずっと抱きっぱなしで疲れていたので、えりなが眠った時に横になりたくて
       そう言うと
       「良いよ お母さん寝ても良いよ・・・」と我慢してくれていました
       小さな時から優しい子でした
       それでも長男に悪くて可愛そうで・・・そっと長男の様子を見てみると、
       それに気がついて
       「もうイイの!」と嬉しそうに言う長男がいじらしくて
       寝るのを止めて一緒に遊びました
       でも、疲れていて寝させてもらうことの方が多かったと思います
       そんなことが入園前の毎日の生活でした
       えりなが不憫でしたが長男も
       いつも一緒に遊んでいた私が
       いつもえりなにピッタリだったので辛かったと思います
       優しい子だったので
       そんな状態でもわがままを言わないで我慢してばかりでした
       わがままを言わない代わり
       ウーっと寝そべって堪えている姿を時々目にしました
       本当はその時すぐ抱きしめて上げれば良かったのに
       それが出来なかった・・・すればよかった・・・
       上の子は下の子が生まれるとお母さんを取られたような気持ちになる・・・と
       わかっていたつもりでした・・・寂しい気持ちにさせないようにしようと
       思っていたのですが、えりなが病気だとわかってから
       心も体もゆとりが全くありませんでした
       いつも、疲れていたような気がします
       そんな私だったので息子はずっと寂しい気持ちでいたと思います
       


       医師に「感染に弱い」と言われたので
       この時の住まいの環境はアパートだったので幼い子が多く
       えりなには一軒家の方が安心だと思い
       それから急いで家を建てることにしました
       それまで家を建てる事はまだ先でいいと思っていたので
       貯蓄も無かったのですが
       えりなには小さな小さな家でも良いから一軒家で住ませたかったので
       この家を建てました
       この家に住むようになってから少しホッと出来ました
       
       

       小さな時から優しかった長男・・・
       今えりなの傍にいて
       長男が祈っていました


       ジッと身体を動かさず回復する時を待っていて目を閉じているのか・・・
       モルヒネの作用によるものなのか・・・
       肝・腎障害に起因しているものなのか・・・
       わからなくなってしまってからは、長男はえりなの頬や手をいつも
       さすっていました そして
       長男がボソッと言いました

       「気がつくのが遅かった・・・」

       その言葉で気持ちが分かりました

       「うんん・・・遅くない・・・今、わかっただけでもいいよ・・・」

       「えりちゃんは、お兄ちゃんが変わったって言ってたよ」
       「えりちゃんには、もう通じているよ・・・」と言うと

       「もっと早く家族がどんなに大事なのか気づくべきだった・・・」

       「もし、えりをここで神様・仏様が助けてくれたら 
        一生信じる・・・助けてくれなかったら、一生信じない・・・」

       息子も一生懸命、心の中で祈ていてくれていたんだと
       その時凄く嬉しかったです

       長男は長いえりなの入院生活の途中、気力の無い生活をしていた時期が
       ありました お見舞いに来ても無気力・無関心・無感動のようでした  
       主人と2人であまり会話の無い生活だったようです
       よく話す子だったのに・・・
       主人が「やっぱりお前とえりなが家に居ないと家の中が寂しい・・・」と
       言ったことがありました 

       親と同じぐらい今、えりなの回復を祈り
       えりなの痛々しい姿に心を痛めていてくれ
       嬉しかった・・・


       今日も長い間、お付き合い下さってありがとうございました


   
         
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by 0102mayu | 2013-02-24 15:37 | 娘のこと | Comments(17)

最後の笑顔

2月22日


     えりなはいつも身体が辛くてえらいときは     
     ジッと身体を動かさず我慢して耐えて
     話すことも控え、目を閉じて回復する時を待っていました

     そんな状態の側に居る私が出来ることは
     私もジッと身体を動かさず音をたてないで
     静かな環境をつくることだけでした     

     「いつ心停止があってもおかしくありません・・・
                         2・3日だと思っていてください・・・」
     そう宣告され
     えりなと一緒に居られる時間がわずか・・・
     信じたく無い
     今、目の前のえりなは生きていて
     この病室の見えるものも何もかも過去にしたくない
     そう念じていても

     ドンドン悪化して現実を受け止めるしかない状況になっていく・・・
     

     どんな状態であっても生きていて欲しい・・・

     もう1度、笑顔を見たい・・・

     
     残りの時間
     いっぱい話がしたい・・・

    
     えりなが話せなくなる前に話がしたい
     そう思ったら、焦ってしまい話しかけていました      
     すると思いがけず返事が返ってきました
     嬉しくて、もう1度続けて話しかけると 
     「いつもお母さん、えらい時は静かにしていてくれてたのに
         何で、よりによってこんな時に話しかけるの・・・」と言われました
     えりなは回復するためにジッと耐えているんだ・・・
     話かけることは自分のことだけ考えていて邪魔になってしまう・・・
     わがままな事なんだと悟り
     それからは自分から話しかけるのはやめて
     えりなが何か話してくれるのを待っていました

     もう1度、笑顔を見たい・・・
     笑顔にしてあげたい・・・
     どうしたら、えりなが笑顔になるのか考えました
     
     大好きないとこの○○ちゃんに来てもらおう・・・
     ○○ちゃんが来てくれたら喜ぶんじゃないかと思いました
     姉に電話をして、その気持ちを話しました
     次の日に姉が○○ちゃんを学校帰りに連れてきてくれました
     「えりちゃん、○○ちゃんが来てれたよ~」と言うと
     目を閉じたままでしたが微かにニッコリしました
     「えりちゃん、○○だよ!」と声を掛けてくれたら
     笑顔になりました
     
     久しぶりのえりなの笑顔
     力がない笑顔でしたが、もう1度笑顔が見れたことが
     嬉しくて・・・嬉しくて・・・涙がこみ上げました

     この頃はもう目を開ける力も無くなっていました・・・
     
     話し掛けてくれても
     返事がはっきり出来ない事もありましたが
     はっきり聞こえたことは
     「えりちゃん、可愛い!」と言ってもらえたら
     「○○ちゃんの方が可愛いよ・・・」と
     笑顔で答えたことでした

     これが最後の笑顔でした

     幼い頃からいつもえりなの笑顔で家族も笑顔になっていました
     辛い闘病生活でも
     いつも笑顔が絶えない
     何度も厳しい試練を受けても耐えて乗り越え
     その都度、自分の身体の現状を受け止め笑顔になっていました     
     その笑顔に救われていました

     ひとつ願いが叶いました


     
     この頃のえりなが話すことは
     はっきりせず、何を言っているのか解らないことが多くありました
     3人でえりなが言った言葉を必死につないで
     何を言ったのか考えなくては解らない状態でした
     

     ジッと身体を動かさず回復する時を待っていて目を閉じているのか・・・
     モルヒネの作用によるものなのか・・・
     肝・腎障害に起因しているものなのか・・・解りませんでした

     えりながせっかく言う言葉を聞き漏らしたくなくて
     その事を看護師さんにお話ししました
     すると
     「肝・腎障害に起因しているとすると、モルヒネを減らしても効果は無く
     今、お腹の症状(頑固な下痢と腹満感・腹痛)が治まっているのが
     モルヒネの作用によるものであるとすれば、モルヒネの減量によって
     これらの症状が再び出てくる危険性があります・・・」と説明を書いて
     回診の時に医師がそっと渡して下さりました
     でも、すべて「可能性」に過ぎないことなので「やってみないと分からない」
     事なので、どうするのかは「お返事下さい」とありました
     えりなに心配な事を聞かれないように配慮していただいて
     いつも感謝でした
     
     えりながせっかく言う言葉を聞き漏らしたくなくて
     ハッキリした状態であってほしいことよりも
     また、えりなが再び下痢と腹満感・腹痛で苦しむことがあってはいけないので
     拝読して即断即決しました 「モルヒネの量を減らさなくてもいいです」と・・・

     
     
     次第に高熱が薬でも全く下がらなくなり
     えりなにはもう自分の体の温度調節能力が残っていない・・・とのことで
     酸素テントの中の温度を下げれるだけ下げて
     身体の熱を下げていました

     
     こんなに悪く無い時に1度
     看護師さんに許可をいただき、えりなのベッドの横に私の簡易ベッドを
     くっつけて寝たことがありました
     その時、凄くえりながいつも以上に興奮して喜びました
     私も嬉しかった・・・入院する前は殆どいつも一緒に寝ていました
     同じ病室で寝ているのにベッドにくっつけて寝るだけで
     喜んでくれたことが幸せでした

     最期の時が近づいたら添い寝をしたかった・・・
     でも、もうこれも叶わなくなりました


     今日もお付き合い下さってありがとうございました
     毎回、忘れられない当時のえりなを想い綴っていますが
     悲しみにすぽり包まれ手が止まってしまい涙が溢れてきます
     皆さんの優しいお言葉・コメントにいつも励まされています
     
     いつも真に想いを受けとめて下さり感謝の気持ちでいっぱいです
     ありがとうございます 


   
         
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by 0102mayu | 2013-02-22 10:56 | 娘のこと | Comments(18)

絶望・・・

2月20日


       「敗血症」になってしまったため         
       えりなが助かる只一つの望み・・・「移植」の話は流れ
       肝不全が始まり、すぐさま腎不全にもなってしまいました
       尿が出なくなり『腹膜透析』を考えなければいけなくなった時
       「尿が出た!」と喜んだのですが
       「これは溶血です・・・」と言われました
       「全身の状態のバランスがとれなくなった疾患の最後に起きる症状」だと
       医師からの絶望的な言葉を聞き、胸が裂けそうでした
       その気持ちを病室の扉を開けると同時に切り替え
       「えりちゃん、おしっこが出て良かったね~」と部屋に入ると
       笑顔のえりなが私を待っていました
       「うん、良かった~」と、喜んでいる娘を見るのが切なかった・・・です
       こんなに頑張ってきた子なのに・・・
       なんで・・・
       その場で笑顔でいることが辛かった
       泣きたくても泣けない・・・ 私が今できることは泣かないことだけ

       えりなの笑顔をずっと見ていたい・・・ いつまでも一緒にいたい・・・

       でも、その時のえりなの笑顔が
       私に向ける最後の笑顔になりました

       
       翌日も尿らしいものが2・3度わずかに出ました       
       そして次の日・・・いつもオムツを替える時に私に気を遣い腰を上げていたの
       ですが、それが無く『ズン』と体が重く感じました
       もう力が入らなくなってしまいました・・・
       悲しくて・・・辛くって・・・もう先生が言われたことを受け止めるしかないのかと
       感じました
       そして、えりなには『褥瘡(じょくそう)』「床ずれ」を出さない・・・と強く思いました
       えりなの変化を看護師さんに伝え、どうしたらいいのか教えていただき
       2時間おきに体位を替える事、クッションをあてる位置をお聞きしました
       翌日が土曜日で主人が朝から来てくれたので
       体位を替えることを手伝ってもらい夜中は交代ですることにしました
       お昼にオムツを替える時に・・・・・まさか・・・まさか、もう・・・
       「床ずれ」が出来ていました
       えりなには「床ずれ」を出さない・・・と強く思っていたのに、もう出来ていました
       この時も凄い衝撃を受けました
       『何で16になったばかりの子が・・・』と、とっても申し訳なく思いました
       『褥瘡(じょくそう)』したところにテープを貼られました
       それをオムツを替えるたびに貼り替えたり、別なところに「床ずれ」が出来
       貼り、貼り替え時、前に貼ったテープで皮膚がむけてしまい
       痛いはずなのに我慢しているえりなが
       とても可愛そうで見ているのが親としてとても申し訳なく辛かったです
      
       医師に呼び出され病状をお聞きしました
       その間も看護師さんがえりなに付いていてくださりました
       「いつ心停止があってもおかしくありません・・・
                         2・3日だと思っていてください・・・」
       「会わせたい方があったらお知らせください・・・」

       ・・・頭がボーっとする感覚と体が宙に浮いているような感じになり
       その時、涙したのか、しなかったのか・・・覚えていません
               ・・・絶望 ・・・もう望みをもてないのか

       
       これからはモルヒネを使うことになることの説明がありました
       私もこうなってしまって、これ以上えりなに苦痛がないようにお願いしました
       2度目の悶絶に苦しむえりなの傍に居たときに
       もう2度とえりなを「苦しめたくない」と思いました

       実家にえりなの連絡をしたら、病室いっぱいになり
       一夜を座って過ごしましたが、結局介護するにもままならず
       家族4人にしてもらいました
       主人もそのまま仕事を休み一緒に付き添っていてくれました
       寝たままお水が飲める容器(らくのみ)で、えりなに口に含ませたとき
       「ゴックンして」と言うと飲み込み「ゴックン」と言い可愛かった
       この時の「ゴックン」と言いうことが
       自分たちの声が聞こえていること・・・
       言う事をわかっていること・・・が解り嬉しかった
       回診でお腹がかなり張っていて、痛み止めが効かないようなら
       モルヒネを使い始める時期かもしれません・・・と、
       えりなの前では言えないのでノートの書いて渡してくださいました
       回診の時に、えりなが医師に
       「この点滴だけで栄養大丈夫ですか・・・」と小さな小さな声で聞きました
       以前、大部屋で同室の子が抗がん剤で何日も食事を摂れない時には 
       栄養を摂れる特別な点滴をしていただいていた事を知っていたので
       自分の点滴だけでは心配だったんだと思います
       医師が「これで大丈夫だよ」と言われたのですが・・・

       次の日にお腹がかなり張っていて痛みがあるので
       わずかなモルヒネを使うことになりました
       えりなが不安を感じているのも心配で、使えば軽減されるとのことで
       お願いしました

       時々、いつ、話してくれるのかわからないのですが
       何か話してくれるのが嬉しくて3人でえりなを囲んでいました
       ほんのわずか話すだけでしたが
       酸素テントの中で眠っているので酸素の送風の音で
       小さなえりなの声を聞き取るのにテントに耳をあてて必死に聞いていました

       その時々話した中に言った言葉に主人も私も泣いたことがありました
       「お母さん、お父さんにシャツを買ってあげて・・・」
       「シャツが古くなってた・・・」と・・・それだけ
       ずっと、私がえりなに付き添い
       自宅では主人と息子の二人で生活していて仕事がお休みの時には
       病院へえりなに会いに来ていました
       私は家のことは一切何も出来なくて主人に任せていて
       この入院中、私は何も主人にも息子にも出来ませんでした
       きっと、まだえりなが座っていられるときに
       主人のシャツが見えて、古くなっているのに気づいたんだと思います
       それを気にしていて今、言ったんだと思い
       主人はこんな時に自分の事を心配してくれる
       えりなが愛おしく・・・嬉しく・・・切なかったんだと思います
       涙を我慢できずにしばらく泣いていました
       本当に家族にかけがえのない大切な娘・・・
       家族でいることを最後の望みにしてくれた・・・
       涙が止まらない・・・
       家族ってどんな時も『温かい場所』
             どんな形でもいいから4人一緒に居たい!
             心から願いました


       今日もお付き合い下さってありがとうございました
              
       
   
         
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by 0102mayu | 2013-02-20 02:56 | 娘のこと | Comments(19)

腎不全になってしまい・・・

2月18日

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                                    最後の誕生日 16歳


       「敗血症になってしまっては残念ですが移植は出来ません」
       「敗血症がこのまま続けば血圧低下で腎臓へ血流が減り、やがて腎不全に
       なり、消化管(腸)の機能不全で栄養の吸収障害が出て意識障害、最後は
       心停止になります・・・」と・・・まさかの主治医から説明
       もうえりなの助かる望みが只一つ「移植」だったのに・・・
       えりなは
       CRP(炎症反応)の数値も悪くなり39度の高熱と吐き気に辛い毎日でした
       食欲も落ちましたがお粥やうどんなら食べられたので、えりな自身も体力が
       下がらないように・・・と、何とか食べていました
       動悸もするようになり下痢も始まりました
       下痢も続いて体力が無くなっていく事に不安でえりなが主治医に
       「どうしたら早く下痢が止まりますか」とお聞きしたら
       「んん・・・食べない方が早いかな・・・アメぐらいで我慢できる?」と言われ
       「そうします」と返事をしました
       でも、それまでもお粥をわずか食べるだけでしたので、一日アメだけを口に
       した夜に「やっぱりお腹がすいたからお粥が食べたい」と言ったのを
       「もう少し我慢したら・・・」と私が酷な事を言ったため
       翌日の朝に、やはりお粥を食べさせようと
       「えりちゃん、お粥食べよ・・・」と声を掛けても少し首を振るだけで
       もう体力も限界になり、あまり話すことができなくなりました
       口にするものがお茶と氷だけになりました
       何で「やっぱりお腹がすいたからお粥が食べたい」と言った時に
       「もう少し我慢したら・・・」と言ったんだろう・・・・
       あの時に一口でもお粥を口にしていたら少しでも体力が残ったのかもしれない
       ・・・バカ ・・・バカ!・・・バカ!!!・・・悔やんでも悔やみきれない

       吐き気も相変わらず続き、座ることも出来なくなり
       トイレもベッドの上で寝たままでさせました
       「お母さん、ごめんね・・・ありがとう」
       「お母さんに、こんなことまでさせてごめんね」と毎回言ってくれました
       体がえらくてシンドくて目を閉じジッと耐えているのに
       お礼を言うために目を開いて言ってくれていました
       「うんん、気にしなくていいよ」って言っても
       体がしんどくても気遣いするので
       「えりちゃん、気にしないで。お母さんが年寄りになったら
       えりちゃんに同じ事をしてもらうから・・・今、先にお母さんがしてるだけだから」と
       笑って言うと
       「うん、そうするよ。お母さんのお世話するよ・・・ありがとう、お母さん」と真剣な
       顔をして優しい事を言ってくれました
       涙が出そうなのに笑顔に替えて
       「あー良かった。えりちゃん頼むね」と便器を持って病室から出てから泣きました
       神様・・・こんなに優しくって気遣い出来る子を
       連れて行かないでください
                 心の中で何度もお願いをしました

                 今も涙が溢れて止まりません

       便器だと用を済ませたあとに綿花で洗う時に私が上手く出来ず
       パジャマが濡れてしまいパジャマを着替えることがえりなの負担になってしまう
       のでオムツだったら失敗も無いと思い
       「えりちゃん、赤ちゃんみたいで嫌かもしれないけどオムツにしてもいい?」と
       聞いたら「お母さんの言うとおりにする」と言ってくれたのでオムツにしました

       血液検査で腎機能の低下も始まってしまいました
       2日、3日と日が経つごとに数値が悪くなり腎不全に・・・
       尿が朝から出ないことにお昼過ぎに気がついてからは怖くなりました
       「お母さん、おかしいね・・・おしっこが出ないね」って、えりなも気づき
       看護師さんが検温にみえた時に自分で報告しました
       その後、
       「お母さん、お電話が入っていますからナースステーションに来てください」と
       医師からの呼び出しだと言うと
       えりなが心配するといけないからと看護師さんがお気遣いくださりました
       お話は「『腹膜透析』を考えなくてはいけません」と言われました 
       『腹膜透析』の利点、危険性とデメリットをお話ししてくださいました
       『腹膜透析』の管をを挿入する際に全身麻酔で血圧低下・不整脈
       などで心臓にかなりの負荷がかかるのと、腸管穿刺などかなりの痛みで耐えら
       れるのか・・・など、なによりICU入室が必須なので、そこで万が一心停止になっ
       ても良いかと聞かれました・・・えりなを一人にしたくなかたのでICUには行かせ
       たくありませんでした 『腹膜透析』は説明だけで終わりました
       尿が出なくなり3日目になると・・・
                   えりなの顔がパンパンに膨らんでしまいました
            その時の顔を思いだすと、涙が止まりません
       腫れてしまった顔を見て一瞬動揺を隠せませんでした
       すると、えりなはそれに気づいて目を閉じてしまいました・・・
       失格・・・母親失格・・・

       5日目にオムツいっぱいの尿が出ました
       えりなも私も「良かったね~!」「出たね~」と大喜びして
       オムツの重さを引いて尿の量を計り、看護師さんに喜んで報告しました       
       「流石、えりちゃん」「乗り越えてくれましたね」と
       看護師さんも喜んで下さりました                  
       看護師さんが丁度ナースステーションにおみえになっていた医師に
       尿が出た報告をすぐにされたのですが、そのオムツを見にみえました
       「・・・・・お母さん、残念ですがこれは尿ではありません」
       「これは溶血です・・・」と言われ 「・・・溶血?!」初めて聞く言葉
       「赤血球が壊れ、尿に出てくること」と
       「全身の状態のバランスがとれなくなった疾患の最後に起きる症状」だと・・・・・       
       お聞きし・・・尿が出てこれで腎不全が良くなっていく?!と喜んでいたのが
       どん底に落ちたような悲しみ・・・・・
       体から一気に力が抜け、どうしたらいいんだろう・・・
       何が何だか解らない・・・
       誰か助けて・・・ どうしよう・・・ どうしよう・・・ 頭も心もどうにかなりそうでした
       
       病室では、えりなが喜んでいるのにどうしよう・・・
       ごまかさなくっちゃ・・・
       喜んでいたんだから・・・と自分に言い聞かせて部屋に入りました


       長々と綴りましたがこの頃の記憶が辛くてハチャメチャなことになっていると
       思います
       
       今日もお付き合い下さってありがとうございました
       
       
   
         
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by 0102mayu | 2013-02-19 00:17 | 娘のこと | Comments(14)

移植の話が進みかけたのに・・・

2月17日


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        えりなの望みを叶えていただき貴重な時間を
         『メイク・ア・ウィッシュ』さんの皆様、医師、看護師さん方の
         お陰で持てることが出来、 本当に感謝の気持ちでいっぱいでした
        
         『メイク・ア・ウィッシュ』さんに自宅から病院まで送りいただき
         病室に着くや早速、点滴の携帯ポンプを輸液ポンプに替え
         抗生剤を入れていただきました
         家族水入らずの幸せなだった余韻に浸りながら
         何より無事に何事もなく病院にたどり着いたことに安堵しました
         
         医師より「いつどうなっても、おかしくない状態」だと・・・言われてから
         看護師長さんに許可をいただき
         主人・長男も病室の床に布団を敷いて家族4人で週末を過ごしていました         
         病室で家族揃って食事をとることも多かったのですが
         やはり自宅での家族水入らずで過ごすこととは
         全然違うものですね・・・とても貴重で幸せな時間でした
 
         
         主治医に抗生剤の組み合わせ調合をしていただいていたのですが
         相変わらずCRP(炎症反応)は下がらなく
         心不全も強心剤・利尿剤を使っていても悪化するばかりでした
         以前は「心臓と肺の同時移植」しか助かる見込みが無いと
         言われていました
         この「心肺同時移植」は日本人では例がなく
         世界でも数少ない大変難しい手術であると聞いていました
         具体的な話が無いまま、どんどん病状が悪化して、どうすることも出来なく
         「心臓移植」か「フォンタン型手術」前の心臓に戻すしか無いと言われました         
         ずっと長い間診ていただいていた主治医が、えりなと同じ病気の子を
         最長22歳まで一人診ただけだと聞いていたので
         「フォンタン型手術」前の心臓に戻す・・・これには主人とも抵抗がありました
         「心臓移植」・・・「心肺同時移植」の話がでた当時は思案していましたが
         もうえりなの助かる望みが只一つ「心臓移植」であるのなら、
         それにすがりたく
         話を進めていただく事になり、来週「移植コーディネート」担当者に
         こちらに来ていただくことまで決まりました

         主人と病院にあるレストランへお茶に出掛けました
         年頃のえりなは出かける前には自分で髪をとかし
         久しぶりの病棟散歩(車いす)とレストランに喜びました
         嬉しくってニコニコ笑顔で病棟を2周しました 
         その様子を見てみえた付き添いのお母さんに
         次の日に「えりなちゃん、お父さんとの散歩喜んでたね~」と
         亡くなってからも、「あの散歩の笑顔と電動車イスを颯爽と走らせていた
         えりなちゃんを覚えてる・・・」と偲んでいただいたことがあります
         レストランではいつもの「生レモンスカッシュ」を「美味しい!」と飲んで
         いました ガムシロも入れないで飲むのが好きでした
         レストランでの会話の中で
         「お腹が空いているはずなのに、おなかが膨らんでいるみたい・・・」と
         えりなが何げに言いました
         私は後で回診時に胃腸薬をいただこうと簡単に思っていました
         主人が頼んだグラスに入ったビールを一口
         「う~ん、おいしい~!」と飲みました
         口にするときは頑張って座わり、笑顔のえりなを見ていると
         とても重症な子には見えませんでした
         「いつどうなっても、おかしくない状態」だと言われたことを
         忘れさせてくれるような笑顔でした
         病室に戻り、回診の時に医師に 
         「お腹が空いているはずなのに、お腹が膨らんでいるみたい・・・」と
         えりなが言っていますと伝えると
         「それではレントゲンを撮ってみますね」と、すぐに簡易!?レントゲンで
         えりなはベッドに寝たまま撮っていただきました
         しばらくするとナースステーションに呼び出され結果を聞きました
         その間は点滴のルート交換を看護師さんにしていただいていました
      
         レントゲンのフイルムを見ながら説明が始まりました
         「えりなさんがお腹が張っているのは感染による敗血症になったため
         消化管(腸)の機能不全でガスがたまり腹満感になっています」と
         レントゲンのフイルムに写っていたのは大小無数の丸い影でした・・・
         「敗血症になってしまっては残念ですが移植は出来ません」
         「敗血症がこのまま続けば血圧低下で腎臓へ血流が減り、やがて腎不全に
         なり、消化管(腸)の機能不全で栄養の吸収障害が出て意識障害、最後は
         心停止になります・・・」と・・・
         ・・・・・・茫然自失状態になりました
         声をあげて泣きました
         
         只、お腹が張ったぐらいだと思ってた・・・
         移植の話が進みかけたのに・・・
         家族水入らずの幸せなだった時間の余韻に浸りながらいたのに・・・
         えりなの前に動揺せずに居られるんだろうか・・・
 
         時間が経ちすぎると病室で待つえりなが心配する・・・
         主人には「お母さんはトイレに行った」って、ことにしてもらい
         少し落ち着いてから部屋に入りました
         主人には「お母さんは?」と聞いたそうです・・・いつもそうだったそうです
         主治医からのお話が何だったのかやはり心配で、
         ジーッと私の顔を穴が開くほど見て、聞いていました
         
         私はまた笑顔で大嘘を言いました
         「えりちゃん、お腹にガスが溜まってたよ~」
         「それも凄い数だよ~」・・・「ウフフ・・・」
         「先生にオナラのガス見られて恥ずかしいね~」
         「いつでも恥ずかしがらないでガス、出さないかんね~」と笑って話すと
         安心した顔になり、「恥ーずかしーい!」とえりなも照れ笑いました
         本当、大嘘つき!
         でもいい!
         嘘をついてえりなに安心してもらうことぐらいしか
         私にはしてあげられないんだからと思っていました

         これから1週間程で血液検査で肝臓機能の数値が悪くなり
         じきに肝不全が始まったと言われました・・・
         こんな状態でもベッドに横たわり笑顔で話をしてくれていました
         小学校の1・2年生の時、男の子に掃除の移動におんぶしてくれた子
         「○○君と○○君」など・・・
         色々な昔の思い出話が多かったと思います
         いつまでも笑顔をみていたい
         いつまでもそばにいてほしい
         ずっと、ずっと・・・・と、願いながら話を聞いていました

         今日もお付き合い下さってありがとうございました

         
   
         
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by 0102mayu | 2013-02-17 13:00 | 娘のこと | Comments(16)

娘と見た最後のイルミネーション

2月15日

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       難病と闘うこどもが持つ夢を叶えてくださるボランティア団体
       『メイク・ア・ウィッシュ』さんの皆様のお陰で
       えりなの願いだった
       「家に帰る」ことが出来、家の庭、玄関からリビングまでも可愛く
       クリスマスの飾りつけをしていただき、数々のお心遣いに
       本当に感謝の気持ちいっぱいで感謝しきれない程の思いでした

       素晴らしい演出で迎えていただき
       「あとは、ゆっくりご家族でお過ごし下さい」
       「えりちゃん、たのしんでね~」とおっしゃり
       サッと引いて行かれました 家族だけにしようとのお心遣いが
       嬉しかったです
       えりなはリビングの可愛い装飾の一つひとつに感激して
       笑顔いっぱいでした
       えりながいつ帰ってもいいように病院と同じような本格的なベッドは
       えりなの部屋に設置していましたが
       今回は家にいる間はリビングで家族いっしょに居る予定でしたので
       簡易電動ベッドを中央にし、えりなを横にさせ
       酸素も室内設置のものに切り替え、まず移動での疲れを癒しました    
       お昼近くに家に着いたので、実家の両親と一緒に昼食をとり
       えりなをゆっくりさせるために早めに両親は帰って行きました
       主人と息子は夕食の買い物に出掛け、二人になった時
       「途中えらくて、もう病院に帰らなきゃダメかと思った・・・」と言いました
       「お母さん、えりちゃんの顔ずっと見てたけど気づかなかった・・・」と言うと
       「どうしても家に帰りたかったから我慢した・・・」と
       しばらくして
       「えりちゃん、自分の部屋見てみる?」と聞いてみると
       「今はまだイイ・・・」と言いました なかなか疲れがとれないようでした
       ずっと、2階にえりなの部屋がありましたが、車イス生活になると主治医に
       言われてから、1階の和室をえりなの部屋に、リビングの1部の壁とドアを
       取り払い、洗面所もリホームして1階をバリアフリーにしていました
       ホームビデオをテレビの画面に映るようにして
       私が案内役で家のなかをえりなに見せました
       えりなの部屋を映し出した時「オー!」と言う声が聞こえました
       押し入れの半分をクローゼットにして残りの部分に机とイスを入れ
       部屋を広く使えるようにしました
       全体を見せて喜んでくれたので嬉しかったです

       主人と息子が買い物から帰って来たら賑やかになり
       息子もえりなのベッドの横に寝そべり自分の好きな物を見せたり
       写真を二人で見たり、楽しそうに時間を過ごしました
       その二人の姿が、とってものどかで幸せそうだった
       主人が夕食の支度をしてくれたので、えりなのベッドの傍で食事をしました
       特別な食事ではなかった?!のですが主人が作り、お兄ちゃんも何げに
       手伝う姿が胸にジーンときました いつも二人でこんな風に生活している
       んだなぁーと・・・
       このことは、えりなも同じように感じていたようで
       病院に戻ってから、ふと言い出し
       「お兄ちゃん変わったねー」
       「サッとお父さんを手伝ってお兄ちゃんが変わってた・・・」と
       
       その日はずっと、
       4人リビングで過ごし寝るのもリビングで寝ることにしました
       えりなの1番の願いだと言った・・・「家に帰りたい」
       普通に家族で暮らせることが1番だと教えてくれた気がします
       当たり前が当たり前ではなく素晴らしいことだと・・・
       
       夜、携帯ポンプを使った24時間の点滴のアラームがなりました
       心臓がドキドキ・・・どうしよう・・・とてつもなく怖かったです
       えりなが泣きそうな声で
       「お母さん、どうしよう・・・」と、とても不安顔で私を見ました
       私も怖くて不安で・・・でも、私が不安な顔をしたら
       えりながもっと不安になってしまう・・・平気な振りをして
       「大丈夫!お母さん何度も練習してきてるから!」と不安な気持ちを隠しました
       携帯ポンプの予備を出して新しい点滴に替えることができ安堵しました
       家に帰る前に携帯ポンプを使った点滴を病室でもして大丈夫か
       実際使っていました アラームが鳴ってポンプが止まってしまうことが
       あったので、予備の携帯ポンプを持って帰る事を医師と決めていました
       その為に看護師さんの前で何度も予備に替える練習をしてきました
       えりなも安心してくれてホッとしました
       強心剤が30分も入らなければ、えりなが苦しくなてしまうので
       ドキドキでした
       

       あっという間の2日間でした
       『メイク・ア・ウィッシュ』さんの皆様、医師、看護師さん方のお陰です
        

    
       翌日、病院へ帰る夕方に
       『メイク・ア・ウィッシュ』さんの皆様が
       えりなのお見送りに来てくださいました
       家に着いた時は昼間だったので庭の電飾がはっきり見えなかったのですが
       戻るときはもう暗くなっていたので
       キラキラ輝きとても美しく可愛く
       「綺麗~!」
       「お母さん、綺麗~!」と、とても感激して見とれていました
       そして
       「お母さん、毎年1つずつ増やしてこー」って言いました
       
       ・・・・・毎年、えりなと1つずつ増やしていきたい!
       ・・・・・一緒に来年も見たい!

       えりなも私もイルミネーションを見るのが好きでした
       毎年、クリスマスシーズンに綺麗なイルミネーションを見に行っていました

       えりなと見る事が出来る最後のイルミネーション・・・

       そう思ったら涙が出てしまい、えりなから離れました
       皆さんに車に乗せていただき酸素ボンベも荷物も入れてくださり
       母が「えりちゃんがお母さんどこ行ったって心配してるから早く行ってあげ」と
       呼びに来て私が泣いているのに気がついたら
       「えりに変に思わせるから泣いたらいかん」そう言われ
       自分でもそう思っていても涙が止まりませんでした
       えりなに顔を見せないようにゆっくり車に乗り込み
       皆んなに見送られて無事病院に戻ることが出来ました

       イルミネーション
          『メイク・ア・ウィッシュ』さんの皆様が庭に可愛い電飾をして下さり
          えりなが「お母さん、毎年1つずつ増やしてこー」って言ったこと
          叶えたくて、毎年一つずつ新しいのを買っています
          1昨年、昨年は震災があったので色々考え飾るのは止めましたが
          毎年、えりなが天から見てくれるように電飾をつけています
          亡くなってしまった年は仏壇からえりなが見えるように
          リビングの中に飾ってえりなと二人で見ていました
          電飾の輝きがジーンと心にしみて悲しくて悲しくて涙が流れていました    
             

       今日も最後までお付き合い下さってありがとうございます

   
         
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by 0102mayu | 2013-02-15 20:19 | 娘のこと | Comments(12)

願いを叶えてくださり感謝の気持ちでいっぱいです

2月14日


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        「いつどうなっても、おかしくない状態」だと・・・言われてから
         
        「えりちゃん、皆んなみたいに『メイク・ア・ウィッシュ』さんに何か
        願いを叶えてもらえるんだったら、何をお願いする?・・・」と聞いてみました

        『メイク・ア・ウィッシュ』
        難病と闘うこどもが持つ夢を叶えてくださるボランティア団体です
        いかなる政治的宗教的団体にも属さない非営利団体です
        海にいる本物のイルカと一緒に泳いで遊びたい・・・
        ディズニーワールドに行きたい・・・
        有名な歌手・メジャーリーガーに会いたい・・・など、難病のこどもの
        夢の実現に向かっていこうとすることで病気と闘う勇気や
        生きようとする力を得てほしい、という願いが込められているそうです

        「何かない?・・・」と聞くと
        「えりちゃんより体の悪い子が先に願いを叶えてもらって・・・」
        そう答えたえりな・・・・・涙がでそうでした
        そうじゃない・・・えりちゃんだってお願いして叶えてもらおう・・・
        何が願いなのか言って・・・そう心で思いました
    
        「皆んなが願いを叶えてもらえるのとは違うから、頼むだけ頼んでみよー」        
        「えりちゃん、何かない?・・・」と聞いても「うんんん・・・」と首を振りました
        ディズニーランドに行くのが好きでしたので
        「ディズニーランドに連れてってもらう?」って聞きましたが
        「うんん・・・いい」でした
        「何かない?・・・」と、もう1度聞くと
        「家に帰りたい・・・」と小さな声で言いました

        好きなタレントに会いたい・・・とか
        どこかに連れて行って欲しい・・・とか、言って欲しかった

        『メイク・ア・ウィッシュ』さんに、とにかく申し込んでみようと思いました
        審査があるそうなので、願いを叶えていただけるのか分かりません・・・
        願いを叶えていただけるか、お返事をいただくまでに
        えりなの願いが変わるかもしれないと思っていました
        申し込みをして事務局の方がお二人、えりなの病室のベッドの所まで
        来て下さりました 初対面なのに緊張しないように色々話し掛けていただき
        和んだ後に
        「えりちゃん(私にえりなを呼ぶときに、どう呼んでいるのか先にお聞きに
         なられました)は何か願いがありますか?」と尋ねられました
        えりなは前に私に言ったように
        「えりちゃんより体が悪い子の願いを叶えてあげてください」と答えました
        「えりちゃん、そんなに遠慮しないで、何か願いを言ってください」と続けられ
        「えりちゃん、好きな場所はありませんか?」と聞いてくださったので
        私が「えりちゃん、ディズニーランドが好きだから連れてってもらう?」
        「クリスマスバージョンのディズニーランドへ行ったこと、無いもんね・・・」と
        言ったあと、えりなが首を降り「うんん・・・」
        「家に帰りたいです」と答えました
        事務局の方が
        「えりちゃんの願いをお手伝い出来るか出来ないかを先生にお聞きしなくては
        いけないので、3つ願いを聞いていい?・・・
        じゃ~1番が家に帰りたいで、2番は何にする?・・・」えりなが答えないので
        「2番はディズニーランドにしておこうか~・・・
        3番目は何かありますか・・・」とお聞きくださいました
        でも、えりなは「いえ、無いです」と答えました
        私は「もっと・・・もっと
        甘えてみてもいいのに・・・」「甘えてほしい」と心の中で叫んでいました 
                       いまでも、その時の遠慮していたえりなを思い出すと涙が溢れてきます

        数日後、事務局の方が返事をしにおみえになられました
        「えりなちゃんの体では今、ディズニーランドへ行くことは難しいと先生が
        おしゃいましたが、えりちゃんの体が良くなったら必ずディズニーランドへ
        行ってもらいますね。約束します」と指切りしてくださいました
        「今回はえりちゃんを家にお連れします」と言われ
        あとの打ち合わせは主人として下さりました

        事務局の方が帰られたあと
        「えりちゃん、本当に家に帰るだけでいいの?」と聞くと
        「家で普通に4人で一緒にご飯を食べたい・・・」と答えました
        望みが・・・
        家族と「一緒に・・・」 そう思っていてくれていることに
        親として本当に嬉しく、より一層愛おしいえりなでした

        主治医に
        「今、自宅に帰ることは危険です」
        「自宅に着く前に心臓が止まるかもしれません・・・」
        「無理です」と言われても、どうしても家に帰らしたい・・・と思っていたので
        とても有難かったです
        主治医も
        「えりなちゃん、1度家に帰ってみる?」と言って下さり
        えりなは「はい」と笑顔で返事をしました
        「家に帰らせられる!」と心から感謝しました
        
        抗生剤は行く直前に入れ一泊して病院に戻ったらすぐ入れる事に
        していただき、携帯ポンプを使い24時間の点滴をして携帯ポンプに不備が
        あった時用に予備の携帯ポンプを持たせてくださいました
        自宅に帰ったのはクリスマス前でした
        『メイク・ア・ウィッシュ』さんが自宅では沢山のボランティアの方が
        ディズニーランドに行った気分になれるように準備をしていただいていました
        玄関に入るなりミッキーやプーさんの電飾、大きなクリスマスツリー等
        大きなスクリーンにエレクトリカルパレードの映像まで流して下さっていました        
        何よりビックリしたのは、福祉バス(こちらも準備してくださいました)から
        降りると、パレードの音楽が流れていて、荒れていた庭にお花を植えていて
        くださっていて、鉢にはパンジーを使いミッキーの顔のように植えてあり
        木やアーチにクリスマスの電飾がしてあり点灯してありました
        えりながそれを見て「ワー!」と喜びの声を出しました
        私も感激して涙が出ました
        こんなにしていただいていたとは思ってもいなかたから・・・
        本当に多くの方に気持ち良く準備をしていただき、えりなが喜ぶように
        夢のような自宅にしていただき家族感謝・感謝でした
        「家に帰りたい」とえりなの願い・・・
        えりなの願いを叶えてやりたい・・・
        どんなことをしても・・・どんなことになっても・・・と願っていた
        このように願いを叶えてくださった医師・看護師さん
        そして『メイク・ア・ウィッシュ』さんには
        有り難くて言葉で言い尽くせないほど感謝しています

        自宅に1キロをきった見慣れた場所に来たら
        えりなが「もうすぐウチだぁ~」と、染み染みと言いました
        その場所はえりなが亡くなってしまって始めて通ったときは涙が溢れました
        家に帰れたのは、亡くなる1ヶ月程前でした

        
        今日もハチャメチャな綴方になってしまいました
        最後までお付き合い下さってありがとうございました


   
         
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by 0102mayu | 2013-02-14 02:08 | 娘のこと | Comments(12)

最後の最後の願いは・・・

2月12日

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          「5年後の生存率が5分5分」だと主治医に言われてからは
          えりなの心臓が落ち着いて安定した体調がこのまま続くようなら
          病院生活でこのまま過ごすのではなく、
          自宅に何とか返してあげたいと思いました
          主治医も色々な対策を考えて下さり
          点滴の携帯ポンプを使えば、自宅療養が出来るのではと
          その方向で準備が進んでいました
          しかし
          目前になった時期に
          えりなに微熱がありました 
          抗生剤で治療していくことになり
          抗生剤は最初の説明では
          「抗生剤の乱用によって耐性菌に変わってしまうと
          厄介なので対策を抗じながら進めます」と伺いました
          一日2回、抗生剤を点滴に入れて頂いていました
          ところが、なかなか菌の数値CRP(炎症反応)が下がりませんでした
          色々な抗生剤の組み合わせを考えて下さっていましたが効果がなく
          主治医も頭をひねっていました
          胸のところにカテーテルを差し込みそこから点滴につなぐようになってから           
          微熱が出たので、そこから菌が入ったのではと・・・
          カテーテルの差し込み口に、消毒等していただいていましたが
          その前に看護師さんに手の消毒をお願いしました
          CRP(炎症反応)が下がらないことには
          「家に帰れない」とえりなも解っていました
          その間もいつものように心臓の検査、血液の検査等をしていました

          2ヵ月程経過し、          
          主人が呼び出されて二人で主治医に
          えりなの心臓の状態の説明をお聞きしました
          担当の看護師さんも同席されました
          「5年後の生存率が5分5分」だと主治医に言われていたことが
          「いつどうなっても、おかしくない状態」だと・・・
          「・・・・・・・」この時の自分がどうだったのか・・・
          主人と二人泣いていたのは記憶にありますが          
          「いつどうなっても、おかしくない・・・」が頭から離れなくて
          主治医のお話の内容は覚えていません
          えりなには、とても言えません
          「えりなには言わないでください」とお願いしました
          主人も同じ気持ちでしたので 
          「ご両親がそう言われるなら、そうします・・・」と
          病院側も同意してくださりました
          余り病室に戻るのが遅いとえりなが不安がるので(いつもそうでした)
          早く戻りたいのですが、泣いた顔で戻ることの方が
          感の良いえりなに解ってしまう・・・
          えりなが悪くなってからは私はお化粧をしないようにしていました          
          医師に呼び出されて悪化していくえりなの検査結果をお聞きするたびに
          「どうしよう・・・」「どうしよう・・・」
          「えりなが傍に居なくなっちゃうかもしれない」と
          辛い事を言われ、悲しくて不安でお聞きしながらいつも号泣していました
          どう頑張っても涙が溢れてしまうので
          目が腫れないように顔は下げないようにしていました
          主人と呼び出されて病室に戻ると
          えりなは、いつも私を穴が空くほどジッと見つめ目を離しませんでした
          絶対にさとられないように、いつも自然な顔つきで大嘘をついていました
          お化粧をしていたら涙で落ちて泣いたことがバレてしまうので
          お化粧をしないようにしました
          えりなは「お母さん、どうしてお化粧しないの?」と
          時々、聞いてきました          
          「お母さん、お化粧するのめんどくさくなったモン」と、ごまかしていました

          えりなの最後の願い・・・「家に帰りたい」
          「家族で普通にご飯を食べたり、普通に家族一緒に家で暮らしたい」と
          しみじみと言っていました

          どうしても叶えてあげたい

          胸のところにカテーテルを差し込み、そこから菌が入ったのではないか・・・
          「CRP(炎症反応)の原因がそうかもしれない」と
          カテーテルの入れ替えをすることになりました
          でも、今のえりなに麻酔薬を使うと心臓が止まる危険があると言われ
          「病棟の処置室で入眠剤を使い眠らせてやります」と説明がありました
          えりなに「頑張れる・・・」と聞いたら
          「麻酔なしで頑張るから、入眠剤もやめてほしい」と言いました
          入眠剤で意識が朦朧となって、自分が喚いたりするのが嫌だと訳を聞き
          医師にその事をお願いしましたが
          使われてしまい、泣き叫んでしまいました
          その事を知って、凄く怒り「頼んだのに・・・」「頑張ると言ったのに・・・」と
          泣きました

          頑張ったのにCRP(炎症反応)は下がりませんでした

          もうCRPが下がらないのなら、「家に1度でいいから、連れて行きたい」
          主治医にお願いしました
          「今、自宅に帰ることは危険です」
          「自宅に着く前に心臓が止まるかもしれません・・・」
          「無理です」
          そう言われましたが、
          えりなの願いを叶えてやりたい!
          どんなことをしても・・・どんなことになっても・・・
          「家で普通に4人で一緒にご飯を食べたい」
          最後の最後に言ったえりなの願いでした
          主治医に懇願しました
          「家に連れて帰りたい・・・」と
          主治医に気持ちが通じ、色々な対策をしていただきました

          
          今日はここまでにします
          思い出して涙が止まりません
          いつもお付き合いくださってありがとうございます
        

   
         
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by 0102mayu | 2013-02-12 19:26 | 娘のこと | Comments(14)

ささやかな望み

2月10日 晴れ

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         「携帯の点滴のポンプを使えば自宅療養が出来る!」
         もう少ししたら「家に帰れる!」・・・
         

         入院当初の、えりなの望みは
         「また歩けるようになりたい・・・」
         「皆んなと高校へ通いたい・・・」でした
         でも
         入院して段々、ベッドの上で座っているのにも、しんどくなり
         脂汗が出て、すぐ息が切れるようになっていました
         次第にベッドに背もたれしても座っていられなくなりました
         えりなの望みが         
         ベッドに座っていられるぐらい、よくなって
         「院内学級の高等部に通いたい・・・」に変わりました
         少しでも人と関わりたかったんだと思います
         それも出来ない身体になり、諦めなくてはいけなくなった
         最後の望みは
         歩けなくてもいい、家に帰り4人で普通の生活がしたい・・・
         「家に帰りたい」・・・と
         長期入院の中でドンドンささやかな望みに変わっていきました

         「高校へ通いたい・・・」というのも昼間では無理だと悟り
         「夜間でも通いたい」と・・・同じ年頃の子と同じようにオシャベリしたり
         人とコミュニケーションをとりたかったんだと思います
         「普通に座っていられないから入試が耐えられないよ・・・」と
         何度言っても「頑張る!」と言い張りました
         どうみても受験時間座っていられないので無理だと思いましたが
         本人がそれを解るしか無い
         本人が途中諦めるしか無いと思い、何かあっても覚悟を決め
         えりなの望みを叶えてあげたいと・・・主人と相談して挑戦させました
         医師にも看護師にも説明して出来る事はしていただき
         前日から自宅に帰り、終わったらすぐに病院に帰る約束でした
         朝、制服に着替えるのにも座って居るのがえらくて、見るに耐え難く
         涙が出る思いでした 「えりちゃん、大丈夫!?・・・行けそう?」と聞くと
         脂汗をかきながら「うん、行く」と弱々しい声で言い、休みながら着替えました
         
         学校側に体調を話していたので
         受験会場を玄関近くの応接室にご配慮していただいていました
         主人と私は待合室で待機していました
         10分もしない頃、「お嬢さんがシンドがってみえます」と
         教師が私どもを呼びにこられました
         身体ごと机に伏せて「ハァ…ハァ…」しながら脂汗でべっとりでした
         涙が頬を伝っていました
         「えりちゃん、えらいでしょ・・・」と声を掛けると
         「えりちゃん、もう諦める・・・」と小さな声でハァハァしながら言いました
         ワゴン車には布団をしいていたので寝かせていると
         ひとりの男性教師が車のところに来て
         「受験会場をでられたら、もう一度入る事は出来ませんが・・」と
         おしゃられたので「それでいいです。ありがとうございました」と言うと
         「来年もありますので、また受験してください」と
         正面玄関に入っていかれました
         「来年もありますので・・・」・・・ えりなに来年・・・来年・・・あってほしい!
         そう思いながら、急いで病院へ帰りました

         高校へ通うのを諦めたえりなが
         「せめて中学校の卒業式に出たい!最後に皆んなと一緒に出たい!」
         「どうしても出たい!」と懇願しました
         何もかも出来ないで、生きている時間が少し長くなるより
         願いを1つでも叶えてあげたい・・・そう思い
         中学校の教頭に病院から電話をして、えりなの願いを話しました
         「何があっても親の責任で学校には迷惑をかけません」
         「そう一筆書かさせていただきます・・・」とお願いすると
         「ご両親のとおりにさせてもらいます」と許可をいただきました
         「前日の会場の体育館に打ち合わせに来てください」と言われ
         えりなは卒業生の最後列に車イスのまま席に着き
         私と主人は父兄席の最前列に座り
         卒業証書は校長先生が壇上から降りてえりなに渡していただくことに 
         なりました えりながえらくなったときは途中退場させていただく事になり
         ました
         教頭先生とそう打合せしている時に
         えりながいじめにあって学校に行けなくなった時の担任が
         私に聞こえるように「卒業式に参加することより命の方が大切なのに・・・」
         と言われ、悔しくて悔しくて涙がこみ上げてきました
         えりなの思い・・・親の思い・・・何も想像もしないで
         この先生には言って欲しくなかった
         いじめをほったらかしにして学校に行きたくても行けなかった時間を返して
         欲しい・・・
         えりなの短い命に何が大事とか言って欲しく無かったです

         
         医師、看護師さん沢山に見送られて
         翌日、卒業式には病院から出掛けました
         学校に着くと3人の教師がえりなの乗った車イスを2階の相談室まで
         連れて行ってくださいました 相談室は温かくしてあり
         お心遣いが嬉しくてえりなも喜んでいました
         卒業式の時間が来て、皆んなと合流することになり
         えりなは久しぶりにクラスメイトに会い緊張していましたが
         お友達が近くに駆け寄って来てくれたので少し緊張がほぐれたようでした
         車椅子を押してもらい体育館の会場に入っていきました
         えりなには
         「シンドくなって我慢できなくなったらハンカチを顔にあてるんだよ」と
         えらくなった時のサインを決めていました
         私はえりなが心配でえりなだけを見ていました
         卒業証書をいただき席に付いてすぐにハンカチを顔にあてました
         ここまで参加させていただき、えりなも満足できたと思いました

         えりなの望みを少しでも叶えてやりたい・・・
         本当は少しでも同じ時を過ごして欲しいと願っていました
         でも、それは私の願いでえりなの願いとは違うと・・・思いを変えました
         何も出来ないで、生きている時間が少し長くなるより
         願いを1つでも叶えてあげたい・・・そう思うようにしました
   


         物欲も無くなり、嘆きわがままを言うのでもなく
         段々
         仏様のようになっていく娘が怖く感じていました
         あまり良い子だと天に連れて行かれてしまうようで・・・

         ファッション雑誌も
         「今見てもおしゃれできるわけじゃないし
                     勿体無いから買ってこなくていよ・・・」と
         千羽鶴を折るようになりました
         私が鶴を折っていると
         「えりちゃんも折るわぁ・・・」と折り始め
         えりなが折った鶴はもう少しで千羽になる前で折れなくなりました


         「家に帰れる・・・」と望みが叶いそうになった頃
         微熱が続きました
         少しづつ元気がなくなってきたえりなに
         心臓グループの先生が「抗生剤で熱を下げましょう・・・」と言われました
         私は「熱の原因が何の菌なのか解らないと敗血症になった時に
         困るんではないですか・・・」と医師に伺いました
         すると、
         「そうそう、そういう事にはなりませんから心配なさらなくても良いですよ」
         と言われ、それ以上言えませんでした
         以前、お姉さん部屋で一緒で仲良くして頂いた心臓病の子が
         何の菌が原因だか解らず敗血症で2ヵ月間入院されていました
         なかなか感染の数値が下がらず悲しんでみえました
         幸い、菌に効く薬がみつかり良くなって退院されたのですが、
         随分、悲しんでみえた事が頭にあったので伺ったのですが・・・

         抗生剤は最初の説明では
         「抗生剤の乱用によって耐性菌に変わってしまうと
         厄介なので対策を抗じながら進めます」と伺いました
         一日2回、抗生剤を点滴に入れて頂いていました
       
         菌を無くさないと家には帰れない・・・
         それはえりなも解っていました

 
         ハチャメチャな綴方になってしまいました
         今日もお付き合い下さってありがとうございました         

         
   
         
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by 0102mayu | 2013-02-10 19:06 | 娘のこと | Comments(16)

小さな家に思い出がいっぱい。心地の良い空間に包まれ過ごせたら・・・


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