誤嚥性肺炎で入院している母について

9月11日(月)



久しぶりの更新になります。



母が初めての誤嚥性肺炎になり入院をして1ヵ月が経ちました。

今は、2度目の肺炎で入院中です。

入院中は1番安心でき、精神的にも少し落ち着きます。



母の「帰りたい!」「何時になったら帰れるの!」と

懇願と言うより、帰してくれないことに怒り

「自分の事は自分で決める。入院は絶対しない」と

3年程前から、体の具合が悪くなり病院へ連れて行く事が

とても大変になり、お見舞いに行く事にも辛い気持ちになります。



4年前に、交通事故に遭い

両足の中足骨骨折で入院しました。

入院中に、イレウスにかかり

その時の検査で分かった

命に関わる左の腎機能の低下。

すぐに腎臓と膀胱を繋ぐステントを入れ、尿路カテーテルが必要になりました。

右側の腎臓は生まれつき機能していない(13年前に診断済み)と診断。

機能している方の腎臓が重症だと言われ

当時は、「事故に遭い痛い目に遭ったけど

不幸中の幸いで、病気が分かり手当してもらえ良かったね~」と母を慰めていましたし

母も「事故でこれだけで済んだこと、病気が見つかったこと

ご先祖様に助けてもらえた」と感謝していました。


4年の間に、「腎水症」「腎盂腎炎」「尿毒症」「腎不全」など

腎機能低下している左の腎臓が原因で何度となく入退院しました。

母は、13年程前(まだ医療連携体制前)には

イレウスで3度入院(地域では大きい病院)して

手術することになったのですが、術前に他に病気が無いのか

検査をする様子が無く、

普通は術前に色々な検査をしてOKがでて、手術をする!?はずなのに・・・

生意気だと思いましたが主治医に

「ほかに異常がないのか検査していただけないですか?!」

「2年ぐらい前に、腹痛と嘔吐で緊急で診ていただいた病院で

CT検査をしてもらった時、片方の腎臓が機能していないみたいなので

次回、詳しく検査しましょう~と言われたことがあります」

と頼んだのですが

「する必要はないです」と言われ、

サイドテーブルの上に、手術前に行う呼吸訓練機が置かれているのを見て

胸がざわつき、姉弟と両親に「こんなのおかしい!普通は術前検査する!」

「もしこのまま手術してもらって手術中に何かあって、死んじゃったら

何で、あの時止めなかったんだろうと後悔(私)する」

「大きい病院なら絶対に術前に何の問題がないのか検査するはず・・・

検査してどこにも問題がなかったら手術をするんだよ」

「亡くなる病気、手術じゃないのに亡くなったら嫌だ!」と転院を頼みました。

両親、姉弟も納得してくれて母は大学病院へ転院しました。

退院するときには、主治医に「もし転院した病院を退院しても、その後は

こちらで一切診ませんから」と言われました。


大学病院で成り行きを話しお世話になりたいとお願いしました。

すぐ入院の手続きをしていただけ

術前検査をいろいろとしていただけました。

するとかなり大きめの「尿路結石」と小さな「腎臓結石」が見つかりました。

そして、「右側の腎臓は生まれつき機能していない」ため

術中、術後に結石が原因で尿が止まったら命取りになるので

「まず「尿路結石」を叩きますね。腎臓結石は小さいので問題ないです」と

検査結果を聞き、『転院して良かった~!』と思いました。

念のために、腎臓に直接管を挿し尿路カテーテルを通してもらい手術。

子宮癌でコバルトをかけ手術の後遺症で癒着が酷く、閉塞部は切り取り

2か月後には、小腸穿孔で手術・・・

その後も、腸閉塞で入院がありました。


。。。今の不安や問題の話しからずれてしまいました

 とにかく母は、何度となく入退院をして頑張ってきました。

    そして、その分同じく父も頑張って母の面倒を看てくれました。



高齢者の骨折は

よく「寝たきり」の原因になると言われますよね。

両足の中足骨骨折後は、

リハビリのお蔭で杖を使って歩行できるようになり退院しました。

自宅に帰ってからは、「油断したらいかんよ~」

「直りかけは、油断しがちだから気をつけてね」と何度も言っていました。

母も注意して歩行していましたが、退院2か月後ぐらいに

自宅で転び、「大腿骨骨折」で入院になりました。

この時も、病院へ行きたがらず(体は痛みで全く動かせれない状態)大変でした。


    骨折=寝たきり

が、後にはっきり解りました。


入院中、リハビリ以外の時は、寝たきりなので

病院では、床ずれ予防にマットやクッションを使って体位交換を

していただいていましたが、床ずれになってしまいました。


退院後は、床ずれの手当を看護師さんに教えてもらったとおりして

部位を清潔にして薬を塗って1ヵ月程で治りましたが、

退院後は、歩行器を使ってベッドから居間に移動するぐらいで

なかなか運動(リハビリ)が出来ず、だんだん体力、筋力が低下し

加齢による便失禁もあり、ウオシュレット付きのポータブル便器も購入して

自宅介護生活になりました。

筋力の低下は、運動能力の低下に繋がるだけではなく

すべて体の機能が低下してしまうんですね・・・

認知症が進んだり、逆流性食道炎で胃との境あたりに潰瘍が出来て

下血して2度も入院にもなりました。

2回目の時は、胃との境あたりは2ミリ程の道で、食べ物が通らなくなり

バルーンで広げてもらい、刻み食になりました。


しだいにストレスも溜まり(両親共に)

母にデイサービスに行って貰うことが

父(疲れの高熱があり身体を休ませたかった)にとってもストレス解消だと思い、

母に「通ってみたら~」「行ったらいいところかもしれないよ~」と

姉と一緒に言ってみても「行かない」と言い

父を「休ませてほしいから行ってくれない」と頼んでも

「絶対に行かない」ときいてはくれませんでした。



これまでは、父の負担が少しでも減ってくれるように

私一人で実家に行き父のサポートしていましたが

姉弟にも両親の体調、生活の様子を知ってほしくて

毎年、恒例のお正月に全員集まった時に状況を説明して

・ステント交換のために病院に通う日を当番制に~
 (病歴や薬の説明)

・すぐ入院できるように、入院に必要な物をセットしてあること

・姉、弟の嫁、私で夕食を当番制にして作って届ける
 
3つの事を決め2年半程経ちました。





家で、訪問看護サービスを受けることも最初は凄く嫌がり

了解をえる事に時間がかかりましたが、

訪問看護師の方のソフトな対応に、母も安心して

あっと言う間に来て頂く日が待ち遠しくなりました。


大腿骨骨折後、1年もすると

体力、筋力の低下が日に日に悪くなり

今年の4月に自宅での入浴介助がとうとう断られる日が来ました。

母は、尿路に管が入っているので特に陰部を清潔にしなくてはいけないので

入浴の必要性を話し

デイサービスに行ってお風呂に入れてもらうしかないことを告げ

通ってもらう事になりました。

デイサービスも、あんなに嫌がっていたのですが

よろこんで通うようになりました。

めっきり老いた母ですが

「寝たきりになりたくない」という強い気力で

いつも椅子に座って頑張っていました。

頑張っても、頑張っても老いには勝てず

初めての誤飲性肺炎の入院(10日間)で、全く足が動かなくなり

寝たきりになってしまいました。

誤飲性肺炎の症状は、急激に熱が上がるだけ(39度~39度5分)

その前に症状が出ないのでわからず、「誤飲性肺炎」といわれるまで

『まさか、母が?!』とショックでした。


肛門括約筋の筋肉の衰えで、高齢者の便失禁はしかたがないことだと

思いますが、母は全くコントロールもできなくなってしまいました。


お医者さん、訪問看護師さん、ソーシャルワーカーさんに

母の今の身体の状態では

「静かな環境の施設で診てもらうのが

一番ベストだと思います」と言われました。


訪問看護師さんは、父がどんなに頑張って介護してきたのか

解ってみえるので、

「これ以上のことをお父さんにさせるのは酷だと思います。」

「皆さんにもこんなに看てもらいお母さんは幸せだと思います。ほかのお宅なら

もうとっくに施設に入れられてみえると思います。」

そうおしゃいました。


その言葉で、施設(老健)に入った方が母には良いことなのか?!

入院も嫌がる母なので、自宅介護を交替でするか!?

父と姉、弟の嫁、私で話し合いをしました。

父は、「これ以上みんなに迷惑は掛けれないから

施設に入れてもらった方がいい」「それぞれの生活を大切にして」と言いました。

弟の嫁も「遠くても施設へ父を連れて行く方が気が楽」だとの事で


今、入れるところをソーシャルワーカーに探してもらったら

どこも老健がいっぱいで、1件の有料老人ホームしか空きが無いとのことでしたが

そちらは、月に2回の訪問医療があり

何かがあったら往診をして頂けるとお聞きしたので

父と姉、弟、私で見学に行きいろんなサービスの説明を聞きに行きました。

父も訪問医療と往診があることをお聞きして、「こちらでお世話になろう」と

皆、安堵し仮契約をして帰りました。


有料老人ホームでお世話になると決めたはずなのですが、次の日

「家に帰りたい」「早く帰りたい」と言う入院中の母の顔を見ると

申し訳ないような・・・可哀想な・・・

「やっぱり母を自宅で看たい」

「みんなが反対でも自分一人で看たい」と思い

姉に気持ちを話しました。


親を施設や老人ホームにあずけるという事は

とても決断するまでに、こんなにも悩み苦しむものだと知りました。

本当に悩み苦しみながら決めた事なのに

なかなか踏ん切りがつかない・・・


姉はとても忙しい毎日なので

本当に自分一人で母を看ようと思いました。

姉は「一人ではとても無理だと思うよ」

「自分の身体がえらくなって替わってほしい時どうする?!」

いろいろ意見を聞いたのですが、「姉弟の縁を切ってでも看る」と言うと

姉も実は義理兄に「自宅で看てあげたい」と1度は言ったそうです。

私の気持ちをわかってくれて

忙しい姉ですが、空いている日には協力をしてくれると言ってくれたので

有料老人ホームの契約は中止にしていただきました。


退院が決まり(退院時の炎症反応CRPの数値は4.7)、父と迎えに行った時

まずビックリしたことは、母の足が全く立たないことでした。

家に入るには車から、父が母をベッドまで抱きかかえしかなく

父に頑張ってもらいました。

関節が硬くなっている母の着替えも大変で

父に母の身体を支えてもらって、やっとで終える事が出来

その後、ほぼ1時間ごとにおむつ替えをし

水分を補給、検温をしていました。

「家は良いわ」と喜んでいる母でしたが

ほとんどウトウトと眠って、会話にならないことを少ししゃべっては

またウトウトとしていました。

夕方近くに体温を測ったら38度5分と高熱が出ていました。

・・・えーっ!炎症反応がまた上がったの!

・・・また入院になるのー!と、母の事を思い涙が出そうになりました。


母に気づかれないように、姉と訪問看護師に電話しました。

父にも、そっと「また病院に連れて行かなきゃならないけれど

(母が)夕飯を食べ終わってから話そ」と言い

父は母のために刻みの食事を急いで作ってくれました。


母の夕飯が終わる頃、訪問看護師の方が来てくれました。

母は顔を見てうれしそうでしたが

すぐに姉も来たので、これはおかしいと急に顔つきが変わりました。


「さっき熱が38度5分もあったから病院へ行かないかん」と言うと

「もう病院には行かない!」「自分の身体の事だから自分で決める!」

「行かないよ!」と言い張るので

訪問看護師が見兼ねて

「熱が38度5分もあるのだから病院へ行って先生に診てもらって」と言っても

母は私に言った同じことを言いました。

そこで初めて父が言いました。

「もう1っぺんだけ病院に行け」

「もう1っペンだけでいいから」と言うと母は黙って父に身体を委ねました。



長々と書き続けてきましたが

続きは明日にしたいと思います。






by 0102mayu | 2017-09-11 22:33

小さな家に思い出がいっぱい。心地の良い空間に包まれ過ごせたら・・・


by mayu
プロフィールを見る
画像一覧